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商談では重いペンを用意すべき? プレゼンを成功に導く「心理学的テクニック」

矢野香(国立大学法人長崎大学准教授)

2024年11月25日 公開

商談では重いペンを用意すべき? プレゼンを成功に導く「心理学的テクニック」

人前で話す場は誰でも緊張するもの。商談だったりプレゼンテーションだったり成果を求められる場であればなおさらプレッシャーを感じて、普段の半分も話せなかった......ということもあるかもしれません。

そんなとき、少しでも場がうまく行くよう事前に準備できることがあります。この方法の利点は、話し手だけでなく、周りのサポートメンバーが環境を整えることができるということです。

※本記事は矢野香著『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること』(PHP研究所)の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

ヒトの先入観を使って好印象を「準備」する

身体感覚は、聞き手の認知情報処理に無意識のうちに影響を及ぼします。つまり相手があなたの話を聞いている際、五感で感じる物理的環境をコントロールすることで話の内容に対する感情や印象、その後の行動を操作することができるのです。

これはアメリカの心理学者ウィリアムズとバーグが提唱した「身体化認知」という心理的作用です。簡単に取り入れやすい5つの方法を紹介をします。

 

1. 飲み物 温かい飲み物を配る

ウィリアムズとバーグは温かいコーヒーと冷たいコーヒーを渡された場合で、渡した人物への印象が異なるのかを調べました。その結果、温かいコーヒーを渡された場合に、その人物を「あたたかい」と評価しやすかったことを報告しました。

これは脳にある島皮質という部位の働きだといわれています。島皮質は身体が暖かさを感じたときと心が暖かさを感じたときの両方で反応するため、身体の温かさと心の温かさを混同するのです。さらに温かいという身体感覚は、その後の行動も温かい方向にむかうよう影響を受けたという実験結果もあります。

話し手に対して「温かい人物、寛大で思いやりがある人物」という印象を持ってもらいたいときは、聞き手に温かいコーヒーやお茶などを配りましょう。

また、ボランティアや募金への協力要請など聞き手に温かい行動を促したい場合にも有効です。相手は喉が渇いていそうだからといって冷たい飲み物を配るばかりが正解ではないということです。

さらに、温度だけでなく味覚も関係します。苦い飲み物を出すと話の内容がまずいことを印象づけることができます。現状の課題や問題点を報告し、それに対する支援要請や支援のための予算増額などを交渉したい場合は、温かくて苦みのある濃いコーヒーを出すとよいかもしれません。

 

2. 筆記用具 重みのあるペンやバインダーを用意

ヒトは、重いものを持つと相手や話の内容をより重要だと感じやすくなります。

ラグジュアリーホテルのフロントや高級車のディーラー、または大事な商談などで重めのペンを渡された経験はないでしょうか。これは高級感の演出だけでなく、同じ効果を狙っていると考えられます。

人前で話すときも同じです。配布するペンは重めのものを用意しましょう。アンケート用紙とともにクリップペンシルが配布されることがあります。重さという観点ではお勧めしません。軽いクリップ式の鉛筆ではなく、重いボールペンや万年筆を用意すると、話し手をより重要な人物に見せることができます。また会議やプレゼンで資料を配布する場合は、あえて重めのバインダーに挟んでおきます。

前述の温かい飲み物を紙コップやペットボトルではなく、重みのある陶器製のカップで用意すると両方の効果が一度に得られるでしょう。重い配布物で重要性を演出してください。

 

3. 椅子 柔らかい座り心地の椅子に座らせる

聞き手が座る椅子は、硬い椅子よりも柔らかい素材の椅子の方がお勧めです。「身体化認知」の観点でいうと、硬いものに触れると頑固さが増すと言われているからです。

話す目的が、商品や企画の提案や相手の考えや行動を変えてほしいにもかかわらず硬い椅子に座っていた場合、相手が「一度決めたから変えない」と頑なになる危険性があります。

また、うまくいっていないことを報告しなければならないときも柔らかい椅子に座らせましょう。報告内容について優しく好意的に理解してくれる可能性が高まります。

事前に一度座ってみて、硬さを確認しましょう。デザインはおしゃれだけど座り心地が硬い椅子もあるので要注意です。椅子を変更するのが難しい場合は、座布団やクッションを用意するなどして座面の硬さを調整しましょう。

 

4. 室温 高めの温度で積極性を伝える

部屋の温度にも気を配ります。

室温が高いと話し手の活動性を高く評価するという実験結果が報告されています。高めの室温にすることで聞き手に対して、自信のある、堂々とした、積極的なイメージを与えることができたのです。

これは聞き手が身体全体で感じた熱量が、話し手に対する印象として「熱い人間」といったような比喩を無意識のうちに結び付けたためと考えられています。

一方で、会場内が適正温度すぎると眠くなってしまう人もいます。眠気対策としては、季節を問わず適正温度よりも少し低めに設定します。

これらをふまえると、室温は一定にせず絶えず調整する気配りが必要だといえそうです。

 

5. 香り 清潔感のある香りで信頼性をアピール

嗅覚を利用する場合は、清潔感のある香りを嗅ぐと相手への信頼性が高まるという身体化認知を使いましょう。香りによって話の内容が、よりクリーンに伝わります。

例えば自分たちが行っている社会貢献やボランティアの事例を紹介したい場合は、部屋にシトラスなど清潔感のあるアロマをたいておくのもいいでしょう。よりクリーンな行為への関心が高まり、信頼性を印象づけることができます。

 

ウィリアムズとバーグが提唱した身体化認知は、心理学の中でも比較的新しい領域です。そのため再現性について議論が続いているところではあります。ぜひ自身でいろいろと試し、目的にあったものを活用してみてください。

 

聞き手の集中力を欠く意外な落とし穴

話の価値は聞き手が決めます。相手から見てどう見えるか、どう感じられるか。相手目線を事前に確認することが重要です。

どんなに準備をしても、聞き手がいまひとつこちらに注目してくれない......。そんなとき、実は環境の準備が不十分な可能性があります。

話す前に一度相手の位置に座ってみましょう。話に集中できない環境要因が見つかるかもしれません。せっかくあなたが上手に話をしていても、環境が邪魔していてはもったいない。確認していただきたいのは「パーソナルスペース」と「ノイズ」です。

 

パーソナルスペースに配慮する

パーソナルスペースとは、私たち誰もが持っている「その中に他者が入ると心的不快を生じさせる空間」のことです。

大事なのは、聞き手を居心地の悪い状態にしないこと。パーソナルスペースを侵略した状態で座らせてしまうと、あなたの話に集中できないばかりか話自体の印象も悪くなってしまいます。相手がストレスなく話に集中して聞いてくれるような空間を作ることを心がけましょう。

パーソナルスペースは、アメリカの文化人類学者エドワード・T・ホールが提唱した空間の分類を目安にしています。ホールはパーソナルスペースを親密距離、個体距離、社会距離、公衆距離の4つに分けました。

 

1. 親密距離:45cm以内

相手の匂いや体温が感じられる距離。家族や恋人、親しい友人などごく親しい人に許される空間。

2.個体距離:45〜120cm

知人・友人などとの通常の会話の距離。

3.社会距離:120〜360cm

公式な商談で用いられる距離。

4.公衆距離:360cm以上

講演やプレゼンで大勢を前にして緊張せずに一方的な働きかけができる距離。

 

一般的にオフィスや会議室などで椅子を設置するとき、席と席の距離の目安は60〜80cmあれば十分とされています。これは知人・友人などとの通常の会話に適した「個体距離」にあたります。話し手と聞き手がそれほど親しくない場合は、最初から設置されている椅子を減らすなどして公式な商談で用いられる距離である120〜360cmの「社会距離」に変更することをお勧めします。

さらに、コロナ禍を経てパーソナルスペースは拡大しています。あなたも心当たりがあるかもしれません。感染症の拡散を防ぐために、世界中で「ソーシャルディスタンス」という手段を推奨した影響でしょう。

2021年に日本で報告された研究によると、コロナ前のパーソナルスペースが個体距離(45〜120cm)だったのに対し、コロナの発生により社会距離(120〜360cm)に変化したとされています。

この研究では、とくに滞留空間となるバス停や横断歩道付近の待機場所での不快感が強く出ていたことを指摘しています。滞留空間、つまり長く留まる場所という観点では、会議室やプレゼン会場も同じです。相手が知人・友人などであっても、120〜360cmの社会距離を取れる場所を用意しましょう。

また、カフェなど外の場所で話をするときも配慮が必要です。混んでいる場所や時間帯は避け、パーソナルスペースを確保できる環境のときに話を切り出すほうが、あなたの話す目的をサポートしてくれるでしょう。

 

視覚と聴覚のノイズを削除する

聞き手に話の内容に集中してもらうためには、できるかぎり「ノイズ」が起きないように気を付けます。聞き手に自然と入ってくる余計な物事のことを総称して「ノイズ」と呼びます。ノイズには聴覚と視覚の2つがあります。

 

【聴覚ノイズ】

聞こえたら邪魔な音のことです。自分やスタッフはもちろん、参加者にスマホの電源を切るかマナーモードにするよう依頼します。

会場を借りる場合は、隣の部屋がノイズを立てないか確認しましょう。動画放映や演奏など音が出る催しではないかという内容確認はもちろん、スケジュールも確認します。こちらが大事な話をしている最中に、隣の部屋の参加者が休憩時間などで廊下にあふれて賑やかになることもあるからです。

 

【視覚ノイズ】

話し手自らが起こしてしまう視覚ノイズは、身に付けているものが原因です。

例えば、ブランドロゴが大きく入った衣装や高級ブランドの腕時計。ブランドのロゴのほうが目立ってしまうと、話し手の言葉よりもロゴのほうが印象に残ってしまいます。場に対して高級すぎる装飾品は「この人儲けているんだろうな」と聞き手に他のことを想像させてしまいます。

動くものもノイズです。ポインターをぐるぐると振り回したり、貧乏ゆすりをしたりするなどの悪癖のほか、女性の場合ユラユラと揺れるイヤリングやピアス、アクセサリーを付けるとノイズに該当します。ヒトは動くものに視線を向ける習性があるため、とくに注目してほしい部分以外は動かないようにしましょう。

さらに文字や数字にも、つい視線を向けてしまう傾向があります。例えば、室内に貼っているポスターやカレンダー。話す内容と関係ない別のイベントの案内が掲載されていたら気が散ってしまいます。話の間だけ外しておきましょう。もちろん原状復帰で元の状態に戻しておくことをお忘れなく。

 

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