世の中にはたくさんの名言や迷言、奇跡のような出来事が存在します。でもそれだけではありません。誰かの何かきっかけになる言葉だったり行動は十人十色で存在していて、それは飾らない何気ない言葉や行動だったりもします。誰がどんな言葉や出来事できっかけをもらったのか、些細なことから大きな出来事までさまざまな分野で活躍されている皆さんに伺いたいと考え、実際にお会いしてきました。
今回お話をお聞きしたのは、アニメ企画プロデューサーで、株式会社アスハPPを立ち上げられた諏訪道彦さんです。諏訪さんが関わったお仕事には、皆さん一度や二度いやそれ以上触れているんじゃないでしょうか。
諏訪さんといえば、『シティーハンター』をはじめ『名探偵コナン』や『犬夜叉』など、諏訪さんが企画・プロデュースを手掛けたヒットアニメは枚挙にいとまがありません。個人的には、アニメ『シティーハンター』で、エンディングの絶妙なタイミングでTM NETWORKの楽曲『Get Wild』を流すと決めたのが諏訪さんだったという話が好きです。
傍から見れば、すべて順調な成功者に見える場合でも、実際はそうじゃないことがほとんどです。大変な状況のとき、どんなきっかけがあれば好転するのか、実はそのきっかけは何気ない言葉だったりします。
30代のころ様々なプレッシャーと闘っていた諏訪さんの気持ちが楽になったのは、至ってシンプルな言葉がきっかけでした。
『魔法少女レイアース』を担当しながら『名探偵コナン』も立ち上げたかったが…
当時30代だった諏訪さんにはどうしても自らの手でアニメ化を実現したい企画がありました。その作品はその後圧倒的な人気作品となる『名探偵コナン』です。ただ当時すでに諏訪さんプロデュースで1994年10月から『魔法騎士レイアース』が放送されていました。(ちなみに『名探偵コナン』の放送開始は1996年1月から)
放送中の担当アニメ番組があるのに、さらに新たな企画を他社に先駆けて手掛けたい想いまでも強くなるなか、アニメが縁で当時レコード会社で働いていた2つ上の先輩のTさんと知り合います。
ある日、いつものようにTさんと食事をしていた諏訪さんはちょっとうまくいってなかった仕事のことで、Tさんにふと仕事の愚痴をこぼします。そんな諏訪さんも見かねてか、そのときTさんが何気なく発した言葉が諏訪さんを救うことになりました。
その言葉とは、
「人生楽しんだもん勝ち」
その言葉を聴いた瞬間、諏訪さんはスッと肩の荷が降り、心は軽くなりました。諏訪さんはその言葉を聴くまで、手掛けた作品は自分の手でヒットさせないといけないという大きな使命感とプレッシャーに駆られていました。
Tさんの発したまるでプレッシャーさえも楽しめと言わんばかりの「人生楽しんだもん勝ち」という言葉に感化され、諏訪さん自身の仕事の仕方が少し変わりました。スケジュールや予期せぬトラブルなど、何かといろんなモノに挟まれやすいプロデューサーの仕事をプレッシャーも引き受けながら楽しむことで、周囲の反応も変わってきたといいます。それまでは自分が何とかしないといけない使命感が多かった仕事も、諏訪さんは自分だけがやっているんじゃないという感覚で仕事に打ち込めるようになりました。
異動の多いテレビの世界で「アニメ畑一筋」を歩む諏訪道彦さん
もしあの日何気ないTさんの言葉がなければ、諏訪さんは仕事を背負いきれなかったかもしれないと回想します。そうすると当時ライバルが多いなか、絶対に実現させたいと奔走していたアニメ『名探偵コナン』は、今のようなアニメ『名探偵コナン』として誕生していなかった可能性さえあります。
しかし、Tさんの言葉をきっかけに、諏訪さんはさまざまなプレッシャーを楽しむようになり、結果的に諏訪さんはアニメ『名探偵コナン』を制作し、アニメ『名探偵コナン』は皆さん御存知の通り長寿番組になりました。
2023年、諏訪さんは独立され、株式会社アスハPPを立ち上げられました。実はTさんには60歳を過ぎたら独立すればいいとずっと勧められていたそうです。それでもすぐには独立されず、諏訪さんは読売テレビ系列でお仕事をされていました。異動が多いテレビ業界の中で、ほぼ一貫してアニメ畑を歩んだ諏訪さん。独立されてからも引き続きアニメ業界と関わられているのは、もしかするとTさんの「人生楽しんだもん勝ち」のおかげなのかもしれません。
「普通の話でごめんね」の後ろにあった運命の分かれ道
終始、「普通の話でごめんね」と謙遜されていた諏訪さん。仮に何気ないかもしれない一言だったとしても、バタフライエフェクトで、もしかしたらアニメ『名探偵コナン』が諏訪さんが制作されていなかったかも、と考えるとかなり壮大な話ですよね。ちょっとした一言が実は大きな命運を握っていたかもしれない可能性を改めて実感しました。







