
他人に否定的な意見をぶつけられたら、思わず感情的に反論したくなるのは自然な反応だ。しかし、より建設的な対応をするには「なぜ相手がそのような事を言ったのか」真意を探ることが重要になる。このスキルを磨くために意識すべきなのが「メタ思考」だ。
本稿では、小説家(「『このミステリーがすごい!』大賞」大賞受賞)、AI研究者(東京大学・松尾豊研究室出身)、経営者(マネックスグループ取締役)の3つの視点から山田尚史氏が考える「メタ思考の重要性」について、書籍『きみに冷笑は似合わない。』より紹介する。
※本稿は、山田尚史著『きみに冷笑は似合わない。SNSの荒波を乗り越え、AI時代を生きるコツ』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。
「メタ思考」の癖をつける
私は個人的に、「癖をつける」とか「思考の癖」みたいな言葉が大嫌いだし、メタほげほげ、なんて言葉にも、大きなお世話だと反発を覚えるクチなのだが、ことメタ思考に関しては、やはり癖になるくらいにやった方がいいことの一つであると考えているので、涙を飲んでおすすめすることにする。
そもそもメタ思考とは何か。メタ、というのは一段上のレイヤーから客観視する、といった意味がある。最もよく聞く言葉は「メタ認知」で、自分の認知活動を客観的にとらえることを指す。
例えば空腹や怒りなど、「おなかがすいた」「ムカつく!」という感覚や感情をそのまま感じるのではなくて、「お腹がすいている自分がいるなあ」とか「ムカついている私がいる」といったように自らを客観視する。これは、感覚や感情に手綱を任せるのではなく、一歩引いてそれを観察するような認知の仕方を指す。
メタ思考というのも、似たような形で、ものごとをなるべく自分の主観から切り離して客観視することである(メタ思考という言葉に違う定義があったら申し訳ない。私は自分の中のある種の認知活動を勝手にそう名づけているだけだ)。
どうすればメタ思考になるか、という明確な定義は私も断言できず、例を挙げるしかないのだが、思考が行き詰まったときに前提となる先入観がないかと確認したり、自分が特定の思考に凝り固まっていないかと俯瞰的に考えたり、意見をぶつけられたときにそれを真っ向から受け止めて反論するのではなく、相手の真意がどこにあるか推理したり、そういった思考法がメタ思考に該当すると思う。
相手の頭の中を想像するのもメタ思考の一つで、例えば自分が主担当をしている案件の方針について、同僚や上司、取引先から否定的なメールが来て、「俺の仕事の邪魔しやがって、ムカつく!」と思うことがあったとする。だが、感情的な反応はいったん抑えて、「なぜこの人はこんなメールを送ってきたんだろう?」と考えるのが重要である。
それは本当に反対していることもあれば、そのポーズをccに入っている誰かに見せたいだけかもしれない。あるいは、案件が進むのは避けられないと考えているが、自分は反対したという証拠を残して失敗したときの責任を逃れたいのかもしれない。
それぞれの場合において、取るべき行動は違う。少なくとも感情的にメールを返すのはもってのほかで、この案件をスムーズに進めるため、否定メールの送り手の真意を推測し、どのようにコミュニケーションをしたらいいか、と考えるのがメタ思考の一例である。
ちなみに、現にこういうことが起こったら、一番手っ取り早いのはその相手にすぐ電話をかけることだろう。「ご指摘の点、ごもっともだと思いましたが、認識の齟齬がないか念のためお話しさせていただきたくて~」と口では言いつつも、主張内容そのものではなく、なぜ否定意見をぶつけてきたかを探る。
もしシンプルに反対している人なら、電話でも同じ主張を繰り返すだろうが、私の経験上、なんらかのポーズを取ることが目的だった場合、記録の残らない電話だとトーンダウンして、こちらをねぎらってくれることすらある。ただ自分の正当性を主張するだけではなく、相手の立場や頭の中を想像して目的に取り組むことで、問題解決において近道になることも少なくない。
別のケースとして、最初は案件に乗り気だった取引先が、2週間後に急に顔を曇らせ、最終的には明確な理由も教えてもらえず失注した、なんてことは、営業をしているとざらにあるだろう。おそらく、対面で話している取引先の担当者に先方社内で圧力がかかったか、あるいは取れると思っていた決裁が下りず、要するに社内のクロージングを失敗したケースだと思われる。
こうしたとき、「俺はきちんと仕事をしたのに、あいつは社内説明をミスりやがって」と相手のせいにするのはお門違いで、自分にもっとできることがなかったかと考え、次回以降に活かす方がよほど生産的だ。
例えば、契約をもっと早期に巻いて書面の形で残しておくべきだったとか、相手の決裁ルートに入っている人の傾向を聞いて社内説明のための資料を提供するとか、もっと直接に、最初から決裁権者に会いにいくとか、である。他責思考を改善するのも、メタ思考の一つの効能である。
ビジネスにおいては、自責思考である方が得
他責思考の話が出たのでついでに書いておくと、ビジネスにおいて他責思考でいると、とても損をする。自分にとってなぐさめになったり、プライドは守れたりはするかもしれないが、実利の面では悲惨の一言だ。他責思考の人は信頼されないし、大きな機会も得られず、失敗があっても改善できない。
私は自責思考と他責思考のどちらが倫理的だとか道徳的だとか、さらには人間的に魅力的だとか、そういうことはここでは言っていない。私は私生活ではかなりの割合で他責思考で動いており、「なんで○○をやっておいてくれなかったの⁉」と妻に怒って、あとで反省し最終的に謝ることになるのがしょっちゅうだ。
だが、ことビジネスにおいては、自責思考である方が得である。自責思考の人は信頼され、仕事が集まり、多くの機会を得られる。なんらかの損失があっても、それについて口ではなく手を動かし、今後同じような問題が起きることを避けられる。自分の性格を変える必要は全くないが、ビジネススキルの一つとして、オフィスに足を一歩踏み入れた瞬間から自責思考になるというのを試してみてもいいかもしれない。