
自分の声に悩みを持っている人は、意外と多いのだそうです。どうしたらアナウンサーのようなやわらかくて聞き取りやすい声が出せるのでしょうか。実は、いくつかのポイントを意識するだけで声は変えられる、とフリーアナウンサーの田中知子さんは言います。
コミュニケーション講師としても活躍する田中さんが、「相手に届く声」を出す方法を解説します。4月から新年度、新しいスタートにこんなコミュニケーションの心得を加えてみては?
※本稿は『口下手さんでも大丈夫 本音を引き出す聞き方』(かんき出版)より一部を抜粋編集したものです。
上手に話そうと思わず、「矢印」を自分から相手に向ける
プレゼンのレッスンで、受講生から多く質問されるのが、
「人見知りで、人とうまく会話ができません」
「緊張しやすいのですがどうしたらよいでしょうか」
というお悩み。まず伝えたいのは緊張することは悪いことではありません。むしろいいことですと声を大にして言いたい。程よい緊張は集中力が高まってパフォーマンスが上がります。なので「緊張しないように」「噛まないように」と「~しないように」と思うと余計そうなってしまいます。
また、「流暢に話したい」「話下手と思われたくない」「カッコいいところを見せたい」というプレッシャーは、「相手(聞き手)によく見られたい」という自分向きの気持ち。相手よりも「自分」に意識が向いています。
青森での新人キャスター時代、私は緊張から、
「噛んだらどうしよう」
「うまく話せなかったらどうしよう」
「顔変じゃないかな」
などと、半径1メートルくらいのことしか考えられませんでした。自分のことしか考えられない、つまり、周りに対する余裕がありませんでした。先輩から、
「いつも自分の顔ばかり気にしているな、自分がどう見えるかしか気にしてない」
って喝を入れられて、本当にそうだなと思ったんです。大事なのは聞いている目の前の人なのにその人たちに向けて発していないなと。
キャスターしながら役者に挑戦して「人に伝わること」ってどういうことなのかを芝居から学びました。自分が発した言葉で観客が笑ってくれたり、視聴者の方にも声をかけてもらえたりするようになってきて、「この人たちのためにがんばりたい」って思えるようになったのです。利己から利他に意識が大きく変わり、「人に向けて伝える」が大きな柱になりました。
「うまく話すこと」ばかり考えてしまうと、「言いたいことが相手に伝わったか」という、一番大事なところがスッポリと抜け落ちてしまいます。
人に伝わるのはテクニックではありません。たとえ、つっかえても、噛みまくっても、あちこち言葉づかいを間違えても、聞いている人に伝わることが一番。実際に、よどみなくスッときれいに話すより、たどたどしくても一生懸命なほうが言いたいことが伝わってくる。その人らしさ、人柄も含めて伝わる。きれいに上手に話すことよりも大事なのは「相手に伝わっているか」です。
やり方ではなく在り方。人に心を伝えるのに、やり方ばかりを気にしていると在り方を忘れてしまうのです。
「話していること、相手にどのくらい伝わっているかな」
「今の話し方、相手にとってペースはちょうどいいかな」
と思いながら相手に意識を向けて話す。意識を向けるとは自分が発した声をベクトル(矢印)に見立てて、それをまっすぐ相手に向けるように話すということ。そうすると声のトーンや話し方って自然とどんどん変わってくるんです、不思議と。
「噛まないかな」「うまく話せるかな」って、全部主語が「私は」になっています。矢印が自分に向かっているんですよね。その矢印をひっくり返して相手に向けてください。
相手と向き合って「今、私は、あなたに向けて話をしていますよ」という意識を持つだけで、あなたの声は「届く声」「伝わりやすい声」になっていきます。
相手に届くやわらかい声は、「丸く円をえがくように」
話をするとき、あなたは何を意識しているでしょうか。
「話す内容」に意識を向けますが、"声自体"は無意識で出していると思いませんか。私は声を出すときにこんなことを意識しています。
それは「丸く円をえがくように言葉を発する」ということ。この意識だけでやわらかい声になるんですよ。反対に「強くまっすぐ届けよう」と思うと、声は「直線的」になります。
夫に「早くゴミ出してー!!」と言うときはどうしても直線の強い言葉になりがちで、夫は気分よくないかも。でも、ゴミ出しをしてくれた夫に、「ゴミ出してくれてありがとう」は、優しく丸く言えます。ぼそっと「ありがと」と言うより、丸くえがくイメージをしたほうが優しく伝えられて、心が届きます。
言葉はこちらの都合で相手に届けるものではなく、相手が受けとれてはじめて届くもの。こちらが言いたいように言葉を投げてしまうと、相手はその強さやスピードに受けきれません。野球をイメージしてみてください。豪速球の球をバシーンと投げられると強くて痛くてヒリヒリしますよね。速すぎて避けてしまうかもしれない。
でも、「ほらいくよ~」と、フワッとボールを投げられたら、しっかりキャッチすることができます。どちらが受け取りやすいでしょうか。
こちらの「ペース」「スピード」「専門的な言葉」で、話したいように話す、では相手が言葉を受けきれません。「話す=放す」になってしまうのです。自分だけが満足する、「言いっ放し」になってしまう。
言葉は投げるものではなく「贈りもの」です。
私は目で見えない声の形を意識して発しています。
まるで自分の心と相手の心が「虹の架け橋」でつながっているように。言葉は自分の心を出発して、虹をつたって相手の心に届けられている。そんなふうにイメージしてみてくださいね。
これを教えてくれたのはまだアナウンサーになる15年前、アナウンサーになりたいと思って初めて受講したセミナーで倉橋麻帆さんから教わったことです。そのときからずっと、話すときの姿勢は虹の架け橋です。そうすると話している私の表情もきっとやわらかくなっているはず。
たった一言の「ありがとう」もぜひ虹をかけて相手に届けてみてくださいね。
「誰に向けて伝えているか」を意識すると声は自然と変わる
「聞き取りにくい声を通る声にしたい」そんなときに大事なことはたったひとつ。「誰に向けて伝えているか」です。聞いている相手が何歳でどんな立場でどんな状態なのか。その相手の立場を意識するだけで声はグッと届く声になります。
たとえば、伝える相手が80代の女性だったらどんな声になるでしょうか? ゆっくり丁寧に話そうと思いますよね。では相手が5歳の子どもだったら? 難しい言葉を使わずにわかる言葉で話そうとすると思います。伝える相手がどんな人かによって同じ内容でも伝え方は自然に調整できているのです。その相手を想い、届けたいという気持ちが強いかどうかで届けられる熱量が変わってきます。営業時代に部長から、
「『伝える』と『伝わる』の違いがわかるか? 『伝えていること』は『伝わっていること』にならない。伝えているつもりになるな」と言われていました。
青森で「あっぷるワイド」キャスターをしていたとき、テレビの向こうの視聴者は70代以上の方がメイン。夕方6時台の番組で青森は早い時間の夕食どき。1日が終わりに近づき、ゆったりしたい気持ちで見る時間です。
私は「ニュースを届ける私の声で疲れを癒せたら」「ホッとしてもらえたら」と思っていました。視聴者を意識するとテンポは自然とゆったり、声のトーンも低く、落ち着いてを心がけていました。70代以上の方にとって「耳心地のいい音ってどんな音だろう」と試行錯誤を繰り返すうちに今の声になってきたのです。
また、テレビを凝視して聞いている人はいません。何かをしながら、という「ながら見」をしている人も多い。そのため、「夕食の準備をしているお母さんが、台所でトントンと大根を切りながら背中で情報が聞こえる声」を意識していました。
相手を想うほど、自分のなかでその声は自然とつくられていきます。
これは、あなたも意識するだけで声は変わります。
インタビューを担当しているポッドキャスト番組で、出演者の方に声の出し方から「こもっている声を通る声にするにはどうしたらいいですか?」と相談を受けました。「2人だけで話しているというイメージではなく、まわりに100人いてみんながこちらの声を聞いていると思って話してみてください」と伝えました。
すると、その方の声が、一本芯の通った「張りのある、通る声」になったのです。
その方は無意識にそう思って話したのでしょう。それが、目の前にいる大勢に届くよう話すという、たったこれだけのマインドチェンジで、声が見違えるようによくなったのです。意識の持ちようひとつで声はガラリと変わるもの。
相手によって声のテンポ、トーン、そして言葉選びは変わっていきます。
【田中知子(たなかともこ)】
フリーアナウンサー。大相撲愛好家。コミュニケーション講師。株式会社ちゃんこえ代表取締役。通称「たなとも」。リクルート求人広告代理店営業から31歳でNHKキャスターに転身。NHK大相撲取材から学んだ独自メソッド「金星コミュニケーション」を講演しながら、「人と話すって楽しい!」「勇気を出して挑戦すると道が開ける!」を伝えることをミッションとして全国を飛び回っている。