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昇給・賞与がない欧米型労働の方が良い?「忙しい毎日」を生み出し続ける日本型の仕組み

海老原嗣生(サッチモ代表社員/大正大学表現学部客員教授)

2025年05月05日 公開

昇給・賞与がない欧米型労働の方が良い?「忙しい毎日」を生み出し続ける日本型の仕組み

働いてはいるけれど、積極的に仕事に意義を見出していない「静かな退職」状態のビジネスパーソンが、日本にも浸透し始めているという。

一方従来の日本に蔓延していたのは私生活を犠牲にした「忙しい毎日」。「やっている感」を醸し出すブルシット・ジョブを繰り返し、労働時間がいたずらに延び、結果として生産性が下がっていた。

そんな「忙しい毎日」を作り出した日本型労働の強固な仕組みについて、欧米型と比較しながら雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏に解説して頂く。

※本稿は『静かな退職という働き方』(PHP研究所)より一部を抜粋編集したものです。

 

年次管理により「僅少差異の法則」が効力を発揮する

日本型のキャリアは、入り口と出口だけでなく、その途上も、実にうまく「忙しい毎日」が拡大再生産される仕組みとなっています。

「上司から受ける能力評価」とその積み重ねで昇級が決まるため、手抜きや露骨なサボタージュはやりづらい。一方で、給料は着実に上がるから、「真新しい難題」を押し付けられても、「昇級した分、能力も上がったことになっているから」引き受けざるを得ません。

これは、欧米と比べてマネジメントが非常に容易だということにもつながるでしょう。

だから、昇級して上に立った場合、この仕組みを「素晴らしい」と思う気持ちが増していく。

そこに年次管理が加わるため、「同期の中で遅れるわけにはいかない」「後輩に抜かれたくない」という気持ちが強まります。この心理的圧迫を「僅少差異の法則」と呼びます。

たとえば、大谷翔平選手が自分の何千倍もの給与をもらっていても、手の届かない偉人だから何とも思わないでしょう。それが、同年配の隣人が3億円の宝くじに当たったら、とても妬ましい気持ちになりませんか?

日本型雇用の「年次管理」では、この僅少差異の法則が実に効果的に組み込まれています。

日本人の男性が育児休業や短時間勤務を取らない理由などもここにあるでしょう。休んでいたら同期とは差がつき、後輩にも抜かれてしまうからです。対して、昇級も昇給もない欧州の一般労働者は、全く心配なく育休や短時間勤務が選べるわけです。

いかがでしょう。上司と顧客の言うことを聞き、馬車馬のように働く。その見返りは、昇給と昇級。そして年次管理による僅少差異の法則。さらに、このレールから外れたら非正規雇用という地獄が待っているという心理的圧迫...。

結果、快く残業し、有休は取らないという「忙しい毎日」が一丁上がり、というわけです。

 

日本型賞与も「忙しい毎日」の保全ツール

その他にも、日本型雇用システムは、微に入り細を穿つように、「忙しい毎日」を保全するツールを用意しています。

たとえば日本の正社員は、多くの企業でヒラ社員に至るまで、けっこうな額の賞与が支給されています。それも、等級が上がればその配分は増え、また、各期の査定によっても変動する。

実は、欧米だと、業績連動で支給されるボーナスは、役職が上がれば上がるほど大きくなりますが、ヒラ社員には日本に類するような賞与システムはありません。

欧米のヒラ社員の場合、全く賞与がない企業もまま見られ、支給する場合でも、「13カ月目の給料」などという名目で、クリスマス時期に「固定で1カ月分」支払うケースが大半です。

本人の成績による賞与がある場合は、「皆勤なら〇万円、欠勤が多ければ△万円」などという勤務状況による増減であり、会社の業績が反映されて増減が決まるわけではありません。

日本ではヒラ社員でも、全社収益のおこぼれに与かるというインセンティブが、また会社への奉仕を強めます。と同時にこの仕組みは、残業割り増し規定と相まって、長時間労働を促す仕組みにもなっているのです。そのことについては、次項で説明することにしましょう。

 

二重の意味で日本の残業代は安い

残業をすると、定時内で働く場合よりも、高い賃金をもらえます。この仕組みは、大恐慌時代(1930年代)のアメリカで生まれ、同国の公正労働基準法に規定されたことに始まります。

この時、制度導入の主旨として掲げられたのが、「雇用機会の増加、失業者の抑制」。残業させても定時と同じ賃金であれば、企業は多くの人を雇わず、少数の人に長時間労働をさせるでしょう。

対して、残業時の賃金が法的に高く設定されれば、企業は1人に残業させず、より多くの人を雇うようになります。それが、法制定の主旨だったわけです。そのため、多くの国では、残業代が法律や労使協定により、40〜50%程度に設定されています。

日本はそれが25%と低率であり、しかも、その少ない割り増し賃金さえ払わずサービス残業をさせる企業が多かったから、労働時間が少しも減りませんでした。

近年、ブラック企業という言葉が広まり、こうした風潮に対して世論が厳しくなりました。その煽りも受けて2019年には約70年ぶりに労働基準法が大幅改正され、長時間残業やサービス残業を取り締まる機運が高まりました。

ただ、日本にはもう一つ、残業を促す仕組みがあるのです。それが、前述した賞与制度――。

日本の場合、欧米に比べてヒラ社員でも賞与が多いと書きました。とすると、欧米と日本で同じ年収だった場合でも、賞与を除いた月給部分は、日本がかなり低く抑えられるのです。

残業時の賃金は、この低く設定された月給をもとに割り増しを行うため、欧米に比べてその額が抑制される。だから日本では、企業があまり残業を抑える気にならないともいわれるのです。

 

日本型の強固なシステムは、長年その外壁さえも揺るがなかった

いかがでしょう。日本型労働とは至る所に仕掛けを施した、水をも漏らさぬシステムなのだと、改めて認識いただけましたか?

そのうちの、ほんの小さな一部分を論って、「ここさえ直せば、一気に綻ぶ」というような話がよくなされます。

たとえば、退職金の優遇税制を廃止すれば長期勤続は少なくなるとか、残業割り増し率を引き上げれば...、配偶者控除を無くせば...といった話は枚挙にいとまがありません。

訳知り顔の識者がこうした一点突破型の政策を提言するのですが、それでは日本型労働の強固なシステムの外壁さえも揺るがないというのが、つい最近までの現実でしょう。

実は、こんな「忙しい毎日」についていけないという声は、古くからそれなりにあったのです。

今のように「過半数」とまではいきませんが、たとえば日本生産性本部が毎年行っている新社会人向けアンケートで、「役職に就きたくない」「役職などどうでもいい」という人の割合は、1985年で25%、1995年でも22%です。

さらに「係長まで」「主任・班長まで」を加えて非管理職に留まる志向を持つ人は1985年で33%、1995年は30%となります。今から30~40年前でも、この数字です。

ところが就職後の現実は、日本型労働のコンベアに載って唯々諾々と働かざるを得ませんでした。結果、この精密なシステムに牛耳られ、結局、「忙しい毎日」を是とする大人になっていったのです。

ところが、昨今では本当にプライベートを重視して仕事を抑える「静かな退職者」が増えてきました。そして、かつてなら「甘い」と叱責された「静かな退職」志向者が、現在は少しずつ市民権を得ています。

振り返れば、2010年前後でさえ、緩い働き方を志向する若者はダウンシフターなどと揶揄されていました。ところが現在の「静かな退職者」という言葉には、そこまでのマイナスが感じられません。

どうしてこんな変化が起きたのか。鉄壁だった日本型労働の防御網は、どこからどう崩れたのでしょう。

次回それを解き明かすことにします。

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