働いてはいるけれど、積極的に仕事に意義を見出していない「静かな退職」状態のビジネスパーソンが、日本にも浸透し始めているという。
一方で日本に蔓延していたのは「やっている感」を醸し出すブルシット・ジョブを繰り返し、労働時間がいたずらに延び、結果として生産性が低い日本型労働。
雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、従来の日本型労働に「静かな退職」コースを設ける新たな雇用システムを構築すべきと説く。その導入方法について解説して頂く。
※本稿は『静かな退職という働き方』(PHP研究所)より一部を抜粋編集したものです。
「静かな退職」コースを軟着陸させるには
「静かな退職」コースはどのように導入したら良いでしょうか?
確かに、大手の古い企業だと、こちらに進む男性は少なそうです。一方、未だに家事・育児の多くを請け負う女性社員は、この「静かな退職」コースを歓迎する人も多いでしょう(実際、女性は8割以上が希望しているという調査もあります)。
結果、「静かな退職」が、巨大なマミートラックとなってしまうという危惧が見受けられます。この問題をしっかり考えていかないと、「静かな退職」コースは定着しないでしょう。
そこで、「静かな退職」コースに男性社員をどのように増やしていくかが企業に求められることになりそうです。
当然、このコースへの移行は「本人希望による選択」が必要です。従来コースと並べて提示し、どちらがいいかを考えさせるわけです。
①「静かな退職」志向を認める。若年でそういう働き方をしている人を矯正しない。
② 「静かな退職」のあるべき姿を広める。きっちり仕事はする。無理はしない。給与や役職といった見返りは求めないという働き方の良さを伝える。こうして志向者の裾野を広げる。
③ 定期の査定を厳しくし、その評価分布や各人のレベルを伝える。昇進・昇級が難しい人たちには、自覚させる。
④ 主任や係長などの「管理職手前」の段階で長期滞留者を増やす。一律昇進などはないことを知らしめる。
⑤30代半ばからは「静かな退職」を査定のたびに促す。
⑥有望な女性社員には、「諦めず、上を目指す」意欲喚起を続ける。
⑦ 短時間勤務などのマミートラックからは「昇進が可能」とし、一方、「静かな退職」コースは昇進ができないと、その主旨を反映して差をつける。
この他にも、査定方法について、私にはアイデアがあるのですが、ここでは割愛させていただきます。
ただ一方で私は「静かな退職」コースへの誘いは、けっこううまくいくと、楽観的に考えています。たとえば、多くのメガバンクのように50歳、もしくは一部の超大手メーカーなら55歳で新天地を探すべきだという圧力がかかるケースがままあります。
こうした企業で「静かな退職」コースを選べば、今の会社にいられると示せば─―少なくない人がこちらに動くと思われるからです。
一方で、滅私奉公して50歳になっても管理職になれない人がすでに過半数で、これから先、さらに増えそうです。こうした状態であれば、「静かな退職者」らの豊かな私生活を見せられた後進は、こちらを選ぶ人が増えていくでしょう。
「静かな退職者」に甘えるのも、彼らを甘やかすのもダメ
あとは、彼ら「静かな退職者」と常時接することになる上司や周囲の意識改革です。
ここで参考にしたいのは、「静かな退職」が既に広まっている欧米企業経験者談です。向こうで「緩く楽に」生きている人も、言われた仕事を為しえなければクビになる。
「静かな退職者」は遊んでいて良いわけではなく、職務、目標、決められたタスクなどに関しては今以上に責任を求められるべきなのです。「遊び」や「甘え」は決して許されません。
現在の日本は、ジェネラリストの何でも屋だからこそなれ合いで、成果や細かいタスクには逆に「なあなあ」になっています。むしろ、職分がしっかり決められた「静かな退職者」に対しては厳しいマネジメントをしても良いと考えてください。
そして、仕事も勤務地も決まっている「静かな退職者」に対しては、その職分を果たせなかった時には、解雇を迫ることも、ジェネラリストより容易だと、伝えてかまわないでしょう。
一方で、職分が不明確なタスクを「やっとけ」という指示や、「部のみんなの和を乱すから」といった無形のプレッシャーこそ、もうやめるべきと念頭に置く。
そうしたものは、本来、社員の厚意による持ち出しだったわけで、今まではそれが「当たり前」「無料」だったものが、今後は(少なくとも「静かな退職者」には)特別なものなのだと、ここも認識を変える必要があるでしょう。
そうした部分は、今までの日本型マネジメントの「甘え」だったのです。欧米ではそうした持ち出しは、リワードやアプリシエイトなどという呼び名で「付加給の対象」にまでしています。
日本型雇用と欧米型雇用の絶妙な接ぎ木
私は、いたずらに欧米を礼賛する者ではなく、日本型雇用に関しても、一定の評価をしています。とりわけ、「誰もがエリート」を夢見て階段を上れる部分は、全廃にはしたくありません。
大学を出たばかりの何もできない人の大量入職が可能で、その上、実務をしっかり積み上げ、かなりハイレベルな仕事ができるように育っていく。メガバンクの法人融資などはその典型でしょう。
職業訓練制度が浸透している欧州でも、こういう高年収の仕事については、訓練されるのは「入り口」部分だけであり、しかもその訓練の多くは民間企業への委託(要は企業派遣で雑用をさせられる)です。
有名なドイツのデュアルシステムなど「低年収でのたたき上げ」そのものであり、さらに、この制度が企業の採用・選抜の代行にもなっているほどなのです(欧米礼賛者は夢ばかり見ています)。
そうした欧州の入り口よりも、日本型の入り口はそこそこ良い面もあるといえるでしょう。ただ、日本型の問題は、キャリアの後半にあります。
ある程度ポテンシャルのある若い人を叩きあげれば、そこそこの仕事をこなせるようにはなる。そこまでは一律育成でもいいでしょう。ところが、その先、課長・部長・経営側に上がっていくには、やはり能力差が出るから一律管理は無理です。
そして、多くの人は脱落する。
こうした厳しい現実を隠して、50代まで「誰もがエリート」とむやみに働かせ、結果、半数以上が管理職にもなれず、なれた人とて55歳から社内でぶらぶら。
そして、大方のシニア層は首筋に寒さを感じる...つまり、日本型の大きな問題がキャリアの後半にあるのは間違いありません。そこで、中盤に分岐点を作る。

今までのように遮二無二働くコースと、ゆったり「静かな退職」コース。
遮二無二働くコースに行ったとしても、会社が目をかけて育てるのは、優秀な一部だけにする。そして、選ばれた優秀な一部の人たちには、欧米並みの綿密なリーダーシップ開発プログラム(LDP)を課す。
そんな欧米と日本のいいとこ取りシステムが、今後の日本には必要です。
今よりは厳しい制度となるでしょうが、それでも、大学を卒業して15年程度は「夢を見られ」、しかも年収650万円くらいの、欧米ならノンエリートとエリートの境くらいまでは賃金も上がります。
その後、エリートコースに行けるかどうかは狭き門でしょうが、それとて学歴ではなく15年間の業績と評価で決まる。
キャリアの入り口でコースが決まってしまう欧米型よりも、日本人にはよほど受け入れやすいでしょう。







