1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 初任給30万円時代に、既存社員のモチベーションはどう保たれるべき?【社労士が解説】

社会

初任給30万円時代に、既存社員のモチベーションはどう保たれるべき?【社労士が解説】

丸島和恵(大槻経営労務管理事務所 特定社会保険労務士)

2025年05月09日 公開

初任給30万円時代に、既存社員のモチベーションはどう保たれるべき?【社労士が解説】

大手企業を中心に「初任給30万円時代」が到来しつつあります。若手人材の確保という点では歓迎すべき動きですが、賃金制度の見直しや評価制度の整備が不十分なままでは、「新人ばかりが優遇されている」という不満が募り、既存社員のモチベーション低下につながるリスクも指摘されています。

大槻経営労務管理事務所の特定社会保険労務士、丸島和恵氏に解説いただきます。

 

「初任給30万円時代」の背景

これまで日本の賃金は上がらないと言われ続けていました。しかし、2025年においては、家電量販店大手のノジマが、大卒初任給を30万円に、すき家を展開するゼンショーホールディングスは大卒初任給を31万2千円に引き上げ、さらにユニクロを運営するファーストリテイリングでは33万円に引き上げることを発表しています。

このように近年、大手企業を中心に初任給を引き上げるという報道が出ており、この動きは、今後地方や中小企業へと、この影響が広がっていくことが予想されています。 

これらの背景として、新卒採用市場が激化していることが挙げられます。日本では、人員の最適化や幹部候補の育成を目的に、新卒採用が依然として重視されています。また、企業文化をゼロから学ばせることで企業風土を承継する狙いもあります。

その一方で少子高齢化により学生数が減少し、優秀な人材の確保が難しくなっています。そのため、企業は高待遇を提示し、新卒採用の競争力を高めようとしているのです。

 

既存社員や派遣社員からは不満の声も...

「せっかく、頑張ってきたのに真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなりました」

そう、話すのは、大手小売業A社で働くFさん。Fさんは、現在40代後半。氷河期世代で就活に苦労し、ようやく派遣社員から転換し、A社で契約社員として働いています。店舗ではリーダー的な存在として、職場の後輩からも信頼され、やりがいを持って働いていました。そんななか、先月社員説明会で、初任給を30万円に引き上げるという発表がありました。

一見「賃金が上がる」という明るい話題のように思える「初任給30万円」ですが、その裏では、Fさんのように働き盛りでもある氷河期世代を含めた既存社員がやる気をそがれている現状があります。これはどういうことなのでしょうか。

まず挙げることができるのは、既存社員と若手社員の給与の差が縮小することです。

「苦労して契約社員になって今、月給35万円です。新卒の場合、最初はほぼ教育で、ミスをしたら当然すべてフォローしなければならないのに、新卒が貴重だと頭ではわかるのですが、気持ちが追いついていかないです。」

そうです。まさにFさんのモチベーションが下がった理由もここにあります。企業としては、正社員同士で1年目と2年目、さらにはその上との逆転現象、つまり、後輩が先輩に比べ給与が高いという状況が起こらないよう、初任給を引き上げる際には賃金バランスも見直すことになります。

しかし、Fさんのような契約社員は、対象にならないことも。それにもかかわらず、実際の仕事においては新卒社員以上に仕事を任せられ、さらには教育・フォローをしていかなければならないとなれば、Fさんが不満を持つことにも一定の理解ができるのではないでしょうか。

こういった不満は、実は正社員間でも起こりえます。たとえば、若手社員ほど給与の上昇カーブが緩やかに設定している企業では、本人たちの成長実感と昇給幅が連動せず、頑張って働いても責任だけ増えるものの、給与が上がらないと不満を持つ社員が現れても不思議ではありません。

また、新卒社員を含む、若手社員の給与アップが進む一方で、中堅やベテラン社員の給与が据え置かれてしまえば、Fさんのように「新人ばかりが優遇されて、自分たちには何の見返りもない」、「自分たちは会社にとって、必要とされない存在なのではないか」と既存社員が感じることで士気が低下し、最悪の場合、離職者の増加にもつながりかねない事態になるのです。

このように「初任給30万円」の導入は、新卒採用において競争力を高めることができる一方で、いま一番会社を支えている既存社員のモチベーションの低下、さらには離職に発展しかねません。これらを防ぐために、既存社員を含めた全体のバランスを見つつ、賃金制度の見直しを図る必要があります。

ただし、こういった賃金制度の見直しは、企業の人件費を大幅に押し上げる要因となります。企業の財源も有限です。単に不満がでないように全員の給与を上げるだけでは、利益を圧迫し、企業の財務状況に悪影響を及ぼす可能性があります。では、どのようにすれば、限られた財源の中で、既存社員の不満を抑えながら初任給をアップできるのでしょうか。

 

社内から不満を出さずに初任給をアップするためのポイント

①組織の3年、5年後を見据えた評価制度を作る

評価制度は従業員を公平に評価し、その成果に応じて報酬を決定するための仕組みです。年功序列ではなく、何をしたら評価され、報酬が上がるのか(下がるのか)を明確にすることで、個々の成果や貢献度に応じて給与が決まる仕組みを作ります。

これにより、成果を出せば正当に評価され、昇給や賞与で報われることで、既存社員が成長意欲を持ちつつ、納得感を高めることができるでしょう。また、努力や成果によって自身で給与を上げることが可能になれば、既存社員のやりがいを醸成することもできます。

②基本給だけではなく、社員のベネフィットが何かを見直す

「不満足」の反対は、「満足」ではなく「不満足ではない」になります。つまり、どれだけ「不満足の解消」に目を向けても、社員は満足しないのです。だからこそ、給与についての不満にだけ目を向けるのではなく、各企業にとって自社の魅力が何なのかを再定義していくことが重要です。

例えば、福利厚生の充実やスキルアップのための研修費用の補助、資格取得手当の創設などが挙げられます。また、リモートワークや週3勤務制度、副業制度の導入といった柔軟な働き方の選択肢を提示することも有効です。既存社員の意見を取り入れながら、今ある制度の見直しや新規創設をすることで、満足度を高めるだけでなく、新卒社員にとっても会社の魅力を向上させることができます。

③情報共有で社員の理解を深める

給与を上げているにも関わらず、社員から先のような不安・不満が出てしまう会社が陥るのはまさに、ここが不足しているからです。

なぜ今回給与制度を変えることになったのか、その意義を既存社員に対して丁寧に伝えていくのです。「そういう時代だから」「採用が難しいから」当然、そういった理由があってしかるべきですが、既存社員は「なぜ変わるのか?」「自分の給与にどう影響するのか?」といった疑問や不安を持つ方は少なくありません。説明不足のまま変更を実施すると、誤解や不信感が生まれ、不満の温床になりかねません。

特に、賃金制度や評価制度の変更には、企業の成長戦略や人事方針が反映されているものです。そのため、改定の背景や今後のビジョンを明確に伝えることで、社員の納得感を高め、会社の成長に貢献したいと思える企業風土を醸成することが重要です。こうした取り組みは、新卒採用にもプラスの効果をもたらすでしょう。

初任給を引き上げるに際しては、既存社員の納得感を高め、企業の魅力を向上させることをセットで行うことが大切です。これらを行うことは結果として、新卒採用と定着の双方に好影響をもたらします。

著者紹介

丸島和恵(まるしま・かずえ)

大槻経営労務管理事務所 特定社会保険労務士

2025年3月 明治大学大学院経営学研究科経営学専攻博士前期課程修了経営学修士
2004年 社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所入所。2013年 銀座第4室室長就任。 2015年 業務執行役員就任。2017年 役員就任。入所以来、社会保険やコンサルタント業務に携わる。これまでに携わった企業は、延べ100社以上。現在は、コンサルタント業務に携わりつつ、社内の人財開発担当役員として、スタッフ教育に力を入れ、事務所全体の社労士力向上に注力している。

関連記事

×