1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 跳躍するアシックスと立命館(前編) 教育・研究を加速させる産学連携のWIN-WIN

社会

跳躍するアシックスと立命館(前編) 教育・研究を加速させる産学連携のWIN-WIN

西山昭彦(立命館大学客員教授)

2025年05月13日 公開

跳躍するアシックスと立命館(前編) 教育・研究を加速させる産学連携のWIN-WIN


(写真提供:立命館大学)

産学連携にはさまざまなかたちがあるが、学生にインパクトがあるのは企業内部の現実に早く触れることではないか。そこで社会人との大きな差に気づいた学生は、その後、成長意欲が高まる。自ら授業で企業とコラボレーションを行ってきた立命館大学客員教授が、アシックスとの連携事例を紹介する。

 

大学の授業にアシックス社長が登壇

私が立命館大学衣笠キャンパスの教授時代、毎年授業のゲスト講師として株式会社アシックスの廣田康人社長(現・代表取締役会長CEO)に来ていただいた。社長の生の話を聞く機会は限られ、学生も真剣になる。社長自身、毎日6km以上走る市民ランナーであり、ランニングシューズへの愛着は強い。

講義では、会社やスポーツへの取り組みの紹介があった後、社長は経営者のルールとして、自身に7つのルールを課していると語った。その中でも、インパクトが強かったのは、「人との対話は掛け算」というフレーズだ。

相手が1以下なら、話すほどマイナスになる。相手が1より大きければ、掛けてどんどん大きくなる。だから、相手を選ぶ重要性の一方、自身が1以下なら相手にマイナスになってしまう。自身を高めないと対話の質も高まらない。自分を問い直す重い言葉だ。

受講生の声は、「学生の間、社長のナマの話を聞いたのは初めてです。こんな機会を得られただけでも、この授業をとってよかったと思いました」(映像学部3年生)

「廣田社長の7つのルールを学び、私もサークルの副代表として、ブレずに、ポジティブに対話を重視していこうと思った」(国際関係学部3年生)

 

「相手企業を選択しているのでしょうか」

授業の後半、6人の学生が質問した。そのうちの1人は、「社長は人との対話はかけ算と話されたが、組織対組織の対話も同じではないでしょうか。企業と関係を持つとき、相手企業を選択しているのでしょうか」と聞いた。

社長は、そのとおりで、企業連携などでそれを意識してやっていると回答された。司会をしていた私は「これはいい質問だな」と思った。社長も「学生の質問力の高さを感じました。立命館の学生は熱心で、事前に当社のことをよく勉強して質問してくれます。こちらも、やりがいがありますよね」と感想を語った。一般に世間では、「講演者は質問の内容で参加者を判断する」と言われるが、高い評価はありがたいことだ。

毎年ゲスト講義に来てくれた廣田社長は、「学生食堂で食べたんですが、キャンパス内に元気な学生がたくさんいる印象を受けました。アクティブな雰囲気ですね」。経営者の視点で、大学の組織風土を自然に分析してたのかもしれない。

 

幹部の前で発表会

アシックスには、さらに別の課題解決型の授業にも協力していただいている。「コーオプ演習(実践)」では,企業から提示される現実の経営課題に少人数の学生チームが半年間取り組み、企画立案と提案を行う。その間、アンケートやヒアリングをしたり、グループで長時間ディスカッションする。そして、最後に企業に出向いて幹部の前で発表会を行う。

2024年度は月桂冠株式会社、ホテル日航プリンセス京都、株式会社アシックス、丸大食品株式会社、大和ハウス工業株式会社、オムロン ヘルスケア株式会社などにご協力いただいている。

私が担当していた時、アシックスではキッズ向けマーケティングの課題が出された。1つのチームが提案したのが「ファーストシューズ」についてで、人の一生で最初の靴は、本人の成長を確認する家族にとって記念となるものだ。祖父母からプレゼントをもらい、一家で記念写真を撮る人もいるし、中にはずっと室内に飾っている人もいる。

これを同社が取り込めば、その後アシックスファンとして長期に関わってくれる可能性があり、そのための具体的な提案を行った。アシックスのキッズプロダクト部長からは、「実におもしろい提案がいくつも入っていた」と評価され、同社の現在の取り組みや企画実現化のプロセスについて話してくれた。

この授業は学部・学年横断でやっているが、中にはそこで一生の友を得たケースもある。チームの4人が仲良くなり、海外1カ月の卒業旅行に一緒に行ったそうだ。

 

立命館とアシックスの包括契約

立命館大学びわこ・くさつキャンパス開設30周年記念事業として、スポーツを中心に学生、地域、企業を巻き込んで開催したホームゲームイベント「Re/LIVE」。同イベントの中で、アシックス社と共同で不要なスポーツウェアを回収し、「Re/LIVE」限定Tシャツを配布する「ASICS GREEN BAG PROJECT」を実施。

2017年11月、アシックスと学校法人立命館は、スポーツを通じた地域社会、教育研究、国際社会の発展を目的とし、健康増進のためのスポーツ大衆化プログラムの推進や研究・開発、スポーツを通じて未来を支える人材育成に向けた連携・協力を進める包括的連携交流協定の締結を行った。

立命館は、スポーツを学園政策の重要な要素として位置づけ、競技者自身の人間力の向上やスポーツを通じた学生への愛校心の醸成、地域振興や国際性など、スポーツの役割を広く位置づけてきた。アシックスのビジョンと共通点が多く、目指す方向性が一致していることから、これが実現した。

具体的動きとしては、2021年、共同で健康増進のための新たな運動方法、トレーニングコンテンツの開発を目指し、「ファストウォーキング(速歩)」の効果・効能を検証するための研究を実施した。

この研究では、①ウォーキングおよびランニング時の速度変化におけるエネルギー消費量や心拍数の計測、②ファストウォーキングおよびランニング時における地面反力(身体への衝撃)と筋活動量の計測を実施した。

2つの計測結果から、ファストウォーキングは、高速度帯では同一速度のランニングと同等以上のエネルギー消費が期待できる一方で、身体への衝撃が少ない運動方法であり、引き締まった体づくりや体重減少などの健康増進につながる可能性が示された。

2022年、アシックスの新商品「CROPPED ASICS」のキービジュアル・モデルに立命館大学体育会ホッケー部の学生が、2023年の商品「ASICS HEX GRAPHIC」のキービジュアルのモデルには硬式庭球部の学生が起用された。

また、両者と株式会社プログリットとで、将来日本のスポーツ界を背負うグローバルアスリートの育成を目指し、アスリートの英語力向上と世界最高峰のスポーツ教育を体験する「Ritsumeikan-Global Athlete Program」を開始した。世界を舞台に活躍を目指す学生アスリートを選抜し、集中的な英語学習や海外への短期留学を行う。

立命館大学の男子陸上競技部、女子陸上競技部、ラグビー部の3名が2022年12月から2023年3月末にかけて、世界最高峰のスポーツ教育に触れるため、米国フロリダ州にある国際的なエリートスポーツアカデミー「IMGアカデミー」への短期留学やフロリダ州立大学への訪問を行った。

アシックスとの産学連携は教育、研究両面で進められ、大学の発展に大きな成果をもたらしている。まさに、廣田社長が説明した「組織対組織の関係が1以上のWIN-WIN関係」になっている。後編では、廣田CEOに跳躍するアシックス経営の秘訣を聞く。

 

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×