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忙しい日本を離れ、英国のガーデナーに転身...イギリスで見つけた「本当の豊かさ」

加藤栞(ガーデナー)

2026年06月10日 公開

忙しい日本を離れ、英国のガーデナーに転身...イギリスで見つけた「本当の豊かさ」

皆さんは「庭」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?

花が咲き誇る癒やしの空間でしょうか?縁側から望む小さな森林のような空間でしょうか?それとも家の片隅にある小さなスペースでしょうか?

私は日本を離れ、イギリスで"庭をつくる人"として生活しています。連載1回目となる本記事では、なぜ私がこの道を選んだのか、イギリスでの暮らしや庭文化についてお話ししたいと思います。

 

なぜ私はイギリスで「庭をつくる人」になったのか

大学を卒業した私は、就職活動を熱心にするわけでもなく、ただ「実家を出たい」という衝動で就職先を探していました。唯一内定をもらったのが、お花と植物を扱う会社。その頃は特にお花に興味があったわけではありません。

しかし、あるフラワーアーティストとの出会いが私の人生を大きく変えました。

職場に月に数回、デザイン指導に来てくれていた彼は、ただ目の前の注文をこなしていた私に、お花そのものをじっくり観察し、それぞれの花が持つ個性をどう活かし、魅せていくかを教えてくれました。

「命あるお花を扱っているからこそ、その命と真摯に向き合う覚悟が必要」

そんなお花への情熱が、私の心を打ちました。そして「私もこの道を極めたい」と決意したのです。「なんとなく10年続ければプロになれる」と信じて。

会社では、お花の配達からギフトの制作、観葉植物の納品やメンテナンス、店舗運営まで、植物に関するあらゆる仕事を経験しました。特にギフト制作では、花束やアレンジメント、生け込みなど、フローリストとしての基本を徹底的に叩き込みました。

数年が経ち、私も「自分でお花をデザインしたい」という思いが募り、転職を決意しました。転職先では空間装飾やウエディング、イベントの花を手がけるように。5つ星ホテルのアトリエでは、毎日が分刻み。朝は市場へ仕入れ、日中は打ち合わせや制作、夜は発注・請求業務......。気づけば終電、あるいはそれを逃すこともしばしば。

「自分の好きなことで食べているし、やりがいはある。でも、これが本当の豊かさなのか?」そんな疑問が心に芽生えていきました。正直、働いている時はそんなことを考える暇さえなかったですが。

そのきっかけは、周囲の仲間たちの変化でした。自分は心も体も丈夫だったので乗り切れていたのですが、先輩や後輩、同僚たちが次々と精神的に病み、突然職場を離れていくのが"当たり前の光景"になっていました。 「みんな好きで始めた仕事なのに、それで自分を壊してしまうなんて...」 その現実がとてもやりきれず、「働き方」や「生き方」そのものを見直したいと思うようになったのです。

 

そして、イギリスへ

イングリッシュガーデン

もともとイギリスには漠然とした憧れがありました。グラフィックデザインや音楽など、私の「好き」はなぜかイギリスに繋がっていたのです。

そして、「切り花」だけでなく「生きた植物」ともっと深く関わりたいという思いが芽生え、ガーデナーという新たな道を選びました。切られた花を生かす世界から、これから咲こうとする植物を育てる世界へ。

イギリスは、ガーデニング文化が根付いた国。多くのガーデナーがこの地で経験を積んでいました。私もその土を踏み、イギリス人の"庭と共にある暮らし"に触れたいと思ったのです。

実際に住んでみて驚いたのは、ほとんどの家に庭があるということ。ロンドンのような都市部でも、家と庭はセット。「庭がないなんて考えられない」と言うボスの家には、実は庭がないのだけれど(笑)。

イギリスでは、庭は生活の一部。晴れた日には庭で子どもが遊び、大人が読書や日光浴を楽しみ、BBQやパーティーが開かれる。ライフステージに合わせて庭も姿を変えていきます。

この"時間を愛する"ような暮らしぶりは、かつて東京で忙しく働いていた私にはとても新鮮でした。

 

ガーデナーという仕事

現在私はロンドン郊外で、プロのガーデナーとして働いています。朝7時にボスと集合し、契約先のガーデンへ。剪定、除草、植栽、水やり、清掃など、日々の手入れを通して植物と向き合います。

ある日、何年も放置されていた茂みの手入れ中に、大きな鹿の頭蓋骨を見つけました。命の営みを間近に感じて、植物だけではなく生き物たちとの共生もこの仕事の魅力だと改めて実感しました。

また、お客様の庭で季節ごとに違う花が咲くのを見届ける喜びもあります。一週間経てば、一週間前に咲いていた花は枯れ、また違う花が満開になっている。日々、お庭の表情や色も変わっていくのです。

大規模な邸宅と呼ばれるお家では、広大な庭に無数の動物が共生し、池や川、林や、果物の木々、温室まであります。そんな"自然を切り取ったような庭"を管理するのも私たちの仕事です。

仕事の時間は基本的に日中のみ。夜まで働くことはありません。週に一度はチームでパブへ行き、ボスはいつもアサヒビール、私はギネス。そんな風に心と身体に余白のある暮らしを楽しんでいます。

庭で過ごす時間は、ただの趣味や装飾以上の意味を持っています。植物と向き合うことで、忙しい日常の中に"ゆとり"や"本当の豊かさ"を見つけられるのです。

この連載では、イギリスでの経験を通して、イギリス式のガーデニング、フローリスト目線のお花の楽しみ方、そして日本とイギリスの働き方や文化の違いなど、私だからこそ伝えられることを発信していきたいと思っています。

お花は特別な日を彩る「装飾」だけではなく、日常から隣にあるような「共に生きるもの」。植物と過ごす時間は、物質だけでは得られない本当の豊かさを教えてくれます。

 

【加藤栞(かとう・しおり)】
日本ではフローリストとして、5つ星ホテルのウェディング装飾やブティック・イベント・撮影現場での装花、ギフト制作などに携わる。2024年よりイギリスへ拠点を移し、ロンドン郊外でガーデナーとして活動中。

 

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