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世界各国が「デフレを放置した日本」を反面教師に不況を逃れる皮肉な現実

永濱利廣(第一生命経済研究所 首席エコノミスト)

2023年01月20日 公開

世界各国が「デフレを放置した日本」を反面教師に不況を逃れる皮肉な現実

世界中で、インフレが止まらない。中でも、日本は物価上昇にもかかわらず、景気低迷でお金の価値が下がるスタグフレーションの様相を呈している。

しかし、「スタグフレーションのほうが、デフレよりマシ」と指摘するのは、第一生命経済研究所で首席エコノミストを務める永濱利廣氏だ。未だ日本が抜け出せないデフレという名のアリ地獄の恐ろしさを、対話形式で誌上講義してもらった。

※本稿は、永濱利廣著『「給料が上がらないのは、円安のせいですか? 通貨で読み解く経済の仕組み』(PHP研究所)より、一部を抜粋・編集したものです。

 

「合理的な選択」の結果、みんな貧しくなる悲劇

永濱利廣

【やすお】改めて、デフレとは何ですか?

【永濱】デフレーション(deflation)の略で、インフレの逆です。物価が下がり続けることで、お金の価値が上がり続けることを指します。一時的な物価下落はデフレとは言いません。

BIS(国際決済銀行)やIMF(国際通貨基金)は、デフレとは「少なくとも2年間の継続的な物価下落」をしている状態だと定義しています。

【やすお】さきほど、永濱先生が「インフレーションよりも、スタグフレーションよりも、デフレは悪い」とおっしゃった理由はなんですか?

【永濱】これが持続すると「デフレスパイラル」に陥るからです。

【やすお】デフレスパイラル。なんか、飲み込まれそう。

【永濱】そうです。まさに「アリ地獄」ですね。先ほどの良いインフレ(ディマンドプルインフレ)の逆の状態が起こります。そもそもデフレは、景気が悪く、需要が少ないので、値段を下げないとモノが売れなくなることから起こります。すると、企業は商品やサービスの販売価格を下げざるを得ません。

【やすお】消費者の立場から見ると、価格が下がるのは嬉しいですけどね。企業から見ると、儲けが減っちゃって困るよな...。

【永濱】企業が十分な利益を得られなくなりますからね。すると、そこで働いている人の給料も減らされることになります。給料が減れば、購買力が下がるので、モノが買いにくくなります。

すると世の中全体の需要が落ち込むので、さらに企業は値段を下げざるを得ない...。このような悪循環が起こるわけです。これがまさにデフレスパイラルです(図3-3)。

【やすお】そのデフレスパイラルに日本は陥っているわけですね。

【永濱】はい。90 年代後半以降はずっとデフレですね。ではなぜデフレが最悪かというと、個人も企業も合理的な行動を選択すると、より景気が悪くなるからです。

【やすお】合理的な行動を取ると、景気が悪くなる? それって、本当に合理的なんですか? 結果的に損してるじゃないですか。

【永濱】デフレは持続的に物価が下がる、という話をしましたね。そうなると、消費者が合理的に行動するとしたら、どうしたらいいと思いますか?

【やすお】そうですね...。今後、物価が下がるなら、いま買ったら損するかもしれないですね。

【永濱】それです。できるだけ購入を我慢したら安く買えるわけだから、合理的に行動すると、みんなあまり買い物しなくなるのです。するとモノやサービスが売れないから、企業が儲からないので、給料が減る。すると買い控える。このデフレスパイラルが止まらなくなるのです。

【やすお】ううう。

【永濱】その結果、30年間は経済がほとんど成長しなくて賃金も上がっていない。こんな国は日本だけ。これがまさにデフレスパイラルのもたらした弊害です。

 

なぜ、日本はデフレを放置したのか?

【やすお】デフレスパイラルは困った問題ですが、そもそもなぜそうなってしまったのか。

【永濱】90年代後半以降、20年近くデフレを放置してきたからです。こんなに長期間デフレを放置してしまった国は、過去を振り返ってもありません。

【やすお】なんで放置しちゃったんだよ! なんとかしようよ!!

【永濱】一言でいえば、対応を誤ったからです。そもそもバブルが崩壊するきっかけは、1989 年の年末に3万8000円台まで上昇した日経平均をはじめとした株価が暴落したことです。

ここで上手に対応すれば、ここまでひどいデフレにはならなかったのですが...。このとき、不動産の総量規制と利上げを一緒に行ったのが大きな影響をもたらしました。

【やすお】不動産の総量規制?

【永濱】不動産バブルによる異常な地価高騰を抑えるために、国は金融機関が行う不動産向け融資を規制したのです。1990年3月に実施されました。

その結果、金融機関がこれまで不動産融資をしていた企業に対して、融資の凍結や打ち切りなどを行うようになりました。これにより、不動産投資家は得られる予定の融資が得られなくなり、資金がショートしました。その結果、不動産バブルが崩壊してしまったのです。

【やすお】規制する必要はあったんですかね...?

【永濱】異常な不動産バブルを抑えるためには、総量規制は仕方ない面もありました。しかし、影響を大きくしてしまったのは、総量規制に加えて利上げをしたことです。金利を上げることで、世の中に出回るお金を減らして、経済の過熱を抑えようとしたのですね。

具体的には1989年5月に公定歩合を2.50%から3.25%へと引き上げ、10 月には3.75%に引き上げました。12月に日本銀行総裁が三重野康氏に交代すると、さらに引き締めるようになり、就任直後に公定歩合を4.25%に引き上げ、1990年3月に5.25%、8月に6%とものすごい勢いで引き上げを続けました。

【やすお】1年とちょっとで、3.5%上昇! けっこうすごいペースですよね!?

【永濱】ものすごいペースですよ。今の日本じゃ考えられません。景気が悪くなりつつあるなかで利上げをしたら、景気がますます悪くなってしまいます。この利上げによって、国は景気の息の根を完全に止めてしまいました。

【やすお】あちゃー。

【永濱】さらに悪かったのは、アベノミクスが始まるまでデフレを放置してしまったことです。日銀も、バブル崩壊後の景気悪化に危機感を覚え、1991年7月以降は公定歩合を引き下げ、つまり金融緩和に転じました。

91年7月に6.0%から0.5%引き下げると、数カ月おきに0.5~0.75%ずつ引き下げ、93年2月の第6次引き下げによって、引き上げ前の水準である2.5%にまで下がりました。その後も利下げを続け、99年2月にはゼロ金利に達しました。しかし、これでは「too little, too late」でした。

【やすお】トウーリトル、トウ...?

【永濱】要は、金融緩和の規模が小さすぎたし、タイミングも遅すぎたということです。ゼロ金利に達するまで約8年弱かかっていますからね。

今から振り返ってみるとバブルが崩壊したタイミングで、一気に金利を下げるべきでした。当時はそんな大胆なことをした国はなかったので、仕方がないところもあったのですが...。

景気の低迷によって、企業も消費者もお金を使わないので、物価が上がらず、デフレスパイラルが長く続きました。失われた30年のもとになったわけです。

【やすお】そうだったんですね...。

【永濱】デフレを放置すると取り返しのつかないことになることを、海外諸国はバブル崩壊以降の日本から学びました。それを反面教師に、大胆な金融・財政政策をいろいろやってきたから他国はデフレを逃れているのです。

【やすお】えー、そうなんですか...。

【永濱】たとえば、コロナショック以降にアメリカでインフレが深刻になったのは、経済対策をやり過ぎたことが原因の1つです。しかし、「経済対策が足りずに日本みたいにデフレに陥るくらいなら、やり過ぎたほうがマシ」「デフレ絶対阻止」という考え方があったはずです。

先日ノーベル経済学賞を取ったベン・バーナンキ氏は、FRBの議長のときにリーマンショック後の不況を量的緩和政策によって脱しましたが、これも日本の失敗を研究した成果なのは明らかです。

【やすお】わあ、日本の失敗のおかげでノーベル賞が取れたなんて、喜んでいいのか...。

【永濱】それが理由でノーベル経済学賞を取ったわけではないんですけどね。また、中国も2022年に利下げをしましたが、これも日本を反面教師にしています。今、中国も80年代後半の日本と同様に不動産バブルの状況で、不動産の融資規制をしています。

もっとも、2022年以降は市場の急激な冷え込みを受けて、緩和しているようですが...。日本と大きく違うのは、利上げではなく利下げをして、金融緩和を行っていることです。

日本のように、不動産の融資規制(総量規制)と利上げ による金融の引き締めの両方を行うと、デフレになって取り返しのつかないことになるので、アメとムチの政策を行っているわけです。

【やすお】完全に反面教師...。授業料くれないかな。

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