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【特別授業】池上彰×増田ユリヤ、筑波大附属中学生の鋭い問いに「いい質問ですね」

PHPオンライン編集部

2025年07月23日 公開 2025年12月04日 更新

【特別授業】池上彰×増田ユリヤ、筑波大附属中学生の鋭い問いに「いい質問ですね」

ジャーナリストの池上彰氏と増田ユリヤ氏による書籍「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園特別授業 ドナルド・トランプ全解説」(Gakken)が、6月5日に緊急発売されました。

長年アメリカ大統領選を取材してきた両氏が、ドナルド・トランプ氏について多角的に解説。トランプ政権が世界経済や外交、安全保障、そしてアメリカ社会の分断にどのような影響を与えてきたのか、また、日本との関係はどうなるのかを読み解いています。

7月10日、筑波大学附属中学校の2年生約200名を対象に、池上さんと増田さんによる特別授業が行われました。生徒たちは事前に本書を読んだり、ニュースでトランプ氏の動向を追うなどの準備をして、両氏に多くの質問を投げかけました(※授業の様子はYouTubeチャンネル「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」にて公開されています)

 

現地取材で目撃したアメリカの現実

2024年11月にアメリカ合衆国で大統領選挙が行われました。共和党からはドナルド・トランプ氏、民主党からはカマラ・ハリス氏が出馬し、日本でも大きな注目を集めました。増田さんが生徒たちに「2024年の大統領選で、どちらが勝つと思いましたか?」と尋ねると、およそ9割の生徒がハリス氏の勝利を予想していたと手を挙げました。

残り1割のトランプ氏の当選を予想していた生徒は、その理由について「エリートではない人のほうが数が多いから、大衆に支持されているトランプさんのほうが選挙では強いと思ったから」と回答しました。

増田さんは、2015~16年にかけてニューヨークで取材した際に、イタリアンレストランの地下で開催されていたトランプ支持者の集まりに参加したといいます。トランプ氏と同じ白人ばかりが集まっているのかと思いきや、黒人や、女性、エリート...など実に多様な属性の人々が集まっていたそうです。

また、2024年のカマラ・ハリス氏の選挙活動を実際にみたときには「これは駄目かもしれない」と思ったと当時を振り返ります。ハリス氏の演説を聞きに行ったものの、10時開始予定のところ、13時に登場し、わずか15分しか話さないで帰ってしまった。内容も「私は頑張る」というような、抽象的な話に終始していたといいます。

そして、フィラデルフィアで行われた最後の演説には名だたるセレブたちが集会に参加しており、大衆にはまったく目を向けてない印象を受けたそうです。

一方のトランプ氏は肉体労働者たちの心を見事に掴みました。民主党が温暖化対策として石油採掘やガソリン車の廃止を訴える中で、トランプ氏は逆にそれらを推奨したからです。これらの経験から、現地に行かなければ「アメリカの実情」はわからないということを、増田さんは痛感したといいます。

「これは、日本でニュースを見ているだけでは分からないことです。 現地に行って、いろんな人に会うことによって、いま、こういう動きがあるんだということが分かるのです。 だから、私たち2人はそれぞれ頻繁にアメリカに行って取材をしてきたわけなんです」(池上)

2024年にテキサス州を取材したという池上さんは、かつてのアメリカ大統領、バラク・オバマ氏のキャッチフレーズ「Yes We Can(なせばなる)」は、トランプ支持者の多数を占める、中西部の貧しい人々にとっては「頑張っても大学にすら行けない」現実と乖離しており、かえって腹立たしいものだったと分析します。

トランプ氏はハーバード大学を攻撃し、エリートを叩くといった行動を戦略的にとり、頑張っても上にいけない人々の心を掴んで、支持率を伸ばしてきたのです。

 

宗教と政治の関係

また、アメリカの政治を理解する上では、「宗教と政治」の関係は無視できない重要なポイントです。

増田さんが激戦州であるウィスコンシン州の大学生を取材した際のエピソードを語りました。当初ハリス支持者から話を聞く予定が、手違いでトランプ支持者の学生と話す機会があったそうです。

彼らがトランプ氏を支持する理由は「宗教」にありました。保守的な家庭で育ち、自分たちの暮らしや家族を大事にする、という価値観を重んじているため、多様性を重視する民主党の政策に違和感を覚え、キリスト教の教えに沿うトランプ氏を支持するようになったといいます。

「多様性や人工妊娠中絶の問題など、民主党が推し進めた"キリスト教の考えと合わない価値観"に自分たちも合わせなければいけないのかと、彼らは非常に不安な思いを抱えていたそうなんです」(増田)

現在でも、「福音派」と呼ばれる聖書に書かれていることを全て真実と信じる人々がアメリカ国民の4分の1を占めていると、池上さんは指摘します。多様な性を認めることは、アダムとイブについて書かれた旧約聖書の教えに反するため、猛烈な反発を引き起こすことがあるのです。

こういったアメリカのリアルな暮らしや、価値観をよく理解していないと、誰が大統領に選ばれるのか、予測をつけるのは難しいものです。

増田さんは、トランプ大統領1期目の中間選挙でミネソタ州にある、広大な農地を持つ大豆農家を取材した際に、"環境問題は非常に悩ましい"という声を聞いたといいます。民主党政権時には水を大切にするために農地の縮小を言い渡されたことがあった一方で、トランプ氏は環境問題は後回しにしていて、「自分たちがやりたいようにやらせてくれるから、共和党に投票している」という話も聞かれました。

ケンタッキー州を訪れたことがあるという池上さんも、アメリカの地方の暮らしがどんなものであったかを語ります。

「そこにはコンビニエンスストアなんてないし、とにかく食事できる場所がない。困っていたら、やっとマクドナルドが1軒だけあって、うわー、やっとハンバーガーにありつける!と思いました。これがアメリカの現実で、マクドナルドがどれだけ貴重なお店なのかということが分かったのです」

その地域の住人は、レストランはマクドナルドしかなく、書店もないため本を読む習慣もない、日曜日に教会に行くことだけが唯一の楽しみという生活を送っています。そのように宗教を大切にして生きている人たちが、トランプ氏を支持している、ということを池上さんは肌で理解したといいます。

池上さんは、東部や北部のインテリが多い地域は民主党支持者が多く、中西部や南部の農業従事者は仕事が失われることへの反発から共和党を支持していると分析し、実際に現地を訪れてみると、まったく違う「2つの国が一緒になって、アメリカという国が存在している」ということを痛感したと語りました。

 

日本が再生可能エネルギーを推進する意義

池上彰

ある生徒から、日本のアメリカへのエネルギー依存に関する質問が投げかけられました。生徒は、日本が火力発電の燃料となる石油や石炭をアメリカから多く輸入しているという認識のもと、浮体式洋上風力発電への転換を考えたといいます。

日本の電力需要の約30%を賄うには約5708基のタービンが必要であり、約11.42兆円の導入費用に対して年間45兆円の収益が見込まれるため、3年で投資回収が可能であると具体的な試算まで示しました。そして、「アメリカへの依存を減らし、EUやオーストラリアなど、サステナビリティを重視する国々との関係を強化することで、日本のSDGs達成にも貢献できるのではないか」という、未来を見据えた提言を展開しました。

これに対し、池上さんはまず、具体的な構想を高く評価した上で、日本の石油や石炭の輸入元に関する現状の正確なデータを示しました。

「その考え方はすごく良い。日本が再生可能エネルギーを推進することは非常に良いことです」と切り出し、「ただ、日本はアメリカから石油や石炭をほとんど輸入していないんです。石炭のほとんどはオーストラリアから、石油の90%以上は中東から輸入しているので前提はちょっと違うかなと思うけれど、再生可能エネルギーを広めていくという考え方はとても良いですね」と補足を行いました。

また、浮体式洋上風力発電の導入については、増田さんから「漁業との共存」という現実的な課題が提示されました。

「本当にそういう形(洋上風力発電の)にできたらいいと思う一方で、難しいのは、日本は非常に漁業に頼っている部分があります。漁業者がたくさんいて、その人たちに海で魚を獲ることに関してどのような影響があるのか、この点はまだ研究しなければならないのかなと思います」と、社会的な側面からの考察の重要性が示されました。

また、海洋国家である日本が持つ再生可能エネルギーのさらなる可能性にも話が広がりました。海の潮位を利用した発電や、海面と海底の温度差を利用した海洋温度差発電など、様々な技術研究が進められていることが紹介されました。

「太陽光や風力発電だけでなく、本当に海に囲まれているからこその再生可能エネルギーには、まだまだ大きな可能性があると思います。将来、そういったことを研究する若い世代が出てきてくれると嬉しいですね」と池上さんは希望を交えながら回答しました。

 

「甚大な被害」とは具体的にどれぐらいなのか?

また、昨今話題になっている関税戦争について「日本の経済は甚大な被害を受けると言われていますが、"甚大な影響"とは、具体的にどれほどの数字になるのでしょうか」という、本質を突く問いも投げかけられました。

池上さんは、この鋭い質問に対し、「いい質問ですね。甚大なんていう言い方、便利な言葉だよね」と応じました。

ここで例として挙げられたのは、自動車への追加関税です。これまで2.5%だった乗用車の関税に、さらに25%が上乗せされ27.5%となったことで、日本からアメリカへの自動車輸出は競争力を失いかねない状況にあります。実際、今年3月には、この関税の引き上げを前にした「駆け込み輸出」が大量に行われました。これから徐々に起きるであろう、日本車の価格上昇が市場にどう影響するかは、まだ明確には見えていません。

現在多くのシンクタンクが予測を出している段階であり、まだ確定的な数字は出ていないものの、池上さんは「例えば、日本のGDPの1%程度の経済を押し下げる可能性がある、という見方もあります」と具体的な数字に言及しました。日本のGDPが約600兆円であることから、その1%は6兆円規模に相当します。

さらに、「"甚大な被害があるから何とかしてくれ"と、産業界が政府に対して補助金などを暗に求めている構図も、実はそこにあります」と、表面的な経済的影響だけでなく、その裏に潜む産業界と政府の関係性についても言及しました。

ニュースでよく耳にする「甚大」という言葉の裏には、複雑な経済状況や政治的な駆け引きが隠されている可能性があるのです。

 

各政党が繰り広げるSNS戦略

さらに、質問は日本の政治を取り巻く問題にまで及びました。

ある生徒からは、SNSの影響力、特に最近支持を伸ばしている政党がSNSを積極的に活用している点に疑問が呈されました。SNSが持つ「自分に都合のいい情報が流れやすい」という特性、いわゆる「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」の問題に触れ、そうしたSNS上の情報のみを基に投票先を決めることへの強い問題意識を語りました。

増田さんは、特定の政党がSNSを効果的に活用する背景には、「人々の心をつかみ、自分たちの考えを支持してもらおうという狙いがある」と指摘、そしてSNS戦略が上手ではない政党は、若年層に声が届きにくい現状があることも示されました。

「皆さんは今はまだ選挙権はないけれど、今後投票する時には、どういう方法で情報を集めて、自分はどういうところを見て投票するのかを、しっかりと見ることが大切だと思います」(増田)

増田さんは自身がYouTubeで各党の党首に長時間インタビューを行った経験を例に挙げ、「ニュース番組では公平性を保つために各党の発言時間が均等に決められているが、それでは表面的な言葉しか伝わらず、党ごとの具体的な政策や思想の深さが見えにくい」と説明しました。

しかし、実際に長時間話を聞くと「この党はコメの対策まで考えているのか」「社会保障や年金、所得税など、国民生活に直結する課題に対し、具体的なビジョンを持っているのか」といった、これまで抱いていた印象とは全く異なる発見があったといいます。

池上さんもこの意見に同意し、特にアメリカのテレビ報道でよく用いられる「サウンドバイト」という概念を紹介しました。

「サウンドバイト」とは、演説などから切り取られた20秒程度の短い発言のことで、政治家たちは自分の発言がテレビで短く使われることを想定し、あえて「気の利いた短い」言葉を発することで、それが広く拡散されることを狙う、と解説しました。「Yes We Can」といった言葉も、その一例だと言えるでしょう。

日本の政治家においても、テレビで使われやすいように戦略的に発言する政党と、あくまで自分たちの言いたいことをしっかりと伝えようとする政党が存在し、それがSNSでの「バズりやすさ」にも影響していると池上さんは分析しました。

 

授業を受けた生徒たちの感想

授業を終えた後、生徒たちはそれぞれ印象に残った点や、そこから考えたことを話してくれました。

高田悠杜(ゆうと)さんが授業で最も印象に残ったのは、トランプ大統領の「性別は男性と女性しかない」という発言の背景に、キリスト教の教義があったことだといいます。「これまでに学んだ世界史と、いまのアメリカの政治が結びついていることが面白かった」と語ってくれました。さらに、テレビの選挙報道だけでは政党の本当の姿は分からないと感じ、複数の情報源から詳しく知ることの重要性を知ったといいます。

吉田咲耶(さくや)さんは、トランプ氏のように「一挙手一投足が注目される政治家」の存在が、人々の政治への関心を引きつける要因になっているのではないかと感じたそうです。「こうしたキーパーソンの存在が若者の政治参加を促すきっかけになるのでは?」と提案しつつ、トランプ氏の混乱を招く言動にも触れ、そのバランスの難しさについても言及しました。

升田悠嵩(ひさたか)さんは、今回の授業を通じてアメリカ社会への見方が大きく変わったといいます。トランプ氏がエリート層を標的にして人気を高める手法は、かつてのドイツで見られた動きと重なって見えたそうです。「自由の国」として見ていたアメリカが、実は自由からかけ離れた現状にあることに衝撃を受けたと語ります。

今回の授業を通して、生徒たちは日本の若者の政治参加についても深く考えるきっかけを得たといいます。若者の投票率の低さについて、彼らが共通して指摘したのは"投票における物理的・心理的なハードル"です。

木村颯汰(そうた)さんは、投票所が遠い、あるいは特定の場所に限定されているため、アクセスしにくいと指摘しました。非常に高い投票率を誇るベトナムでの事例を参考に、「マンション内や住居の近隣に投票箱を多く設置する」ことや「インターネット投票を導入する」ことで、投票をより身近なものにできると提案しました。

升田さんも、投票所が遠いことが投票に行かない主な理由の一つだと推測し、投票のデジタル化を提案。マイナンバーカードなどを活用し、自宅からアンケートに答えるような手軽さで投票できる仕組みがあれば、心理的なハードルは大きく下がるのでは、と見解を示しました。

生徒たちの示唆に富んだ提案は、若者と政治の関係について改めて深く考えるきっかけを私たちに与えてくれるものでした。彼らの話からは、政治を自分たちの身近な問題として捉え、解決策を探求しようとする意欲がうかがえました。

 

授業後、池上彰さんと増田ユリヤさんにもお話を伺うと、池上さんは、「みんないい子たちで、質問を一生懸命考えてきたことが感じられた」と語り、彼らが日本のことや世界のことを真剣に考えていることに感銘を受けた様子でした。増田さんもまた、生徒たちが「自分たちなりにいろんなことを準備し、授業に臨んでくれたので、とても嬉しかった」と述べました。

中でも特に印象に残った質問について、池上さんは「浮体式の風力発電」に関する質問を挙げました。生徒が自分なりに計算し、仮説を立ててきたことに「すごいなと思いました」と称賛。一方、増田さんは「パリコミューン」という難しい言葉が中学生から出てきたことに驚きつつも、「自分が関心を持ったところを準備して質問してくれたこと」に喜びを感じたとお話されました。

(取材・執筆:小林実央)

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