高学歴だけでは通用しない時代 学校教育が目指す「思考力」と「行動力」の育成
2025年08月25日 公開
日本の教育界はいま、明治時代以来およそ150年ぶりの大転換期を迎えています。この流れは日本にとどまらず、世界中で起こっている現象であり、その背景にあるのは、現在進行中の「情報革命」といわれています。
本稿では、そんな大転換期にある教育現場の今、従来重要視されてきた学歴や資格の位置づけについて、日本最大級の教育イベント創設者・大学特任准教授・学校法人理事など、さまざまな立場や役割で教育に関わっている宮田純也さんに解説していただきます。
※本稿は宮田純也著『教育ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
学歴や資格が「必要条件」になった
「東京大学を出ても仕事ができない人がいる」
学歴への批判としてどこかで聞いたことがある台詞です。「英検1級を持っていてもその語学力を仕事で使えなければ本末転倒で意味がない」と言われるのと同じ発想でしょう。
この台詞から時代の変化を読み取ることができます。かつて東京大学卒業や英検1級という形式的なものが優秀さの「必要十分条件」だった時代がありました。なぜなら、工業社会では情報処理(情報の記録・蓄積、それを必要に応じて素早く正確に抽出できること)ができることが価値だったからです。この情報処理能力を判定する仕組みが受験です。
正解か不正解か、その正答率が工業社会に適応できる人間を選抜するための唯一の物差しとして機能していました。そのため、学歴や資格は「必要十分条件」だったのです。
しかし、いまやそれはあくまで「必要条件」となりました。まず、情報革命によって一つひとつの知識の価値が陳腐化し、労働者の持つ経験や発想力が大きな価値を生み出す社会へ変化しているからです。さらに、グローバリゼーションにより国際的な分業で生産がおこなわれるようになり、また、市場も地域規模になるという大きな変化が起こっていることも理由として挙げられます。
情報がこれまでとは比較にならない速さで飛び交い、社会変化のスピードが上がり、トランスナショナルな現象が多発することで、グローバルな規模で社会の標準化(ISOなどの国際標準の台頭など)と多様化(多文化共生など)が同時に進行します。これによって知識基盤社会が到来し、20世紀は「機械の時代(ものづくりの時代)」だったのが、21世紀は「人の時代(ことづくりの時代)」と呼ばれるようになっています。
そのため、仕事で必要とされる資質や能力もまた変化しているのです。かつて「必要十分条件」だった情報処理能力を活かすことで実際に何ができるか、そして、これまでどんなことを成し遂げてきたか。それが問われる時代になっています。実際に何ができるか、実績があるかという内容が「十分条件」となる、より高度な時代になったと言えます。
かつて学歴や資格は、よい学校に行ってよい会社に入るための資格のようなものでした。しかし「よい」が多義化してしまったため、資格に加えて自分にとっての「よい」を考えて主体的に動く力や、それによって築いてきた実績が求められるようになったのだと考えられます。
VUCAと呼ばれる予測困難な時代では、ベルトコンベヤーに乗っているかのように受け身でキャリアや人生を形成することは困難です。だからこそ、自らのスキルや能力を活かして社会に貢献し、実績を残していくという実質的なものが求められる時代になったと言えるでしょう。キャリア形成が受動から能動へと変化しているのです。
コンピテンシーベースの学びへの転換
そのため、学校教育では、コンテンツベースの学びからコンピテンシーベースの学びへの転換が叫ばれています。コンピテンシーとは、どんな知識や技能を持っているかという「習得」に加えて、どのようにそれらを用いるかについて考える「思考」、そして実際に用いる「行動」を含む概念です。OECDが掲げる「OECDラーニング・コンパス2030」に登場している概念であり、コンピテンシーの重視は、世界的な流れと言えます。
現行の学習指導要領では、資質・能力を3つの柱に分けて育成することが明記されています。それは、生きて働く「知識及び技能」、未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力等」、学びを人生や社会において活かそうとする「学びに向かう力、人間性等」です。
それを育成するためには、学校で「何を学ぶのか」が問われます。学ぶ内容を意識しつつ、カリキュラム・マネジメントによって学校で教科を学ぶ意義、教科や学校・地域間などの横断・連携を目指す教育課程を編成します。そして各教科でも、この「資質・能力の育成」という観点で目標や内容が学習指導要領のなかで定められています。さらにそれを振り返り評価することでよりよい教育活動がおこなえる理念が掲げられています。
そして「どのように学ぶのか」も大切です。資質や能力の育成を図るために学ぶ内容を精選するだけではなく、従来の学び方も変えなければいけません。そのため「主体的・対話的で深い学び」という概念が提唱されています。これはかつて「アクティブ・ラーニング」と呼ばれていましたが、言葉だけが独り歩きして真意が伝わりにくいということで、この機能が登場したのです。
「主体的・対話的で深い学び」とは、自ら主体性を発揮して課題設定する、多種多様な価値観を持つ異なる他者と対話して考えや視野を広げる、そして課題に対して学んだことを活用して自ら考えて行動することで解決に向かうことができるように学ぶことです。「受動型・暗記中心の学び」から「能動型・思考と行動中心の学び」への転換と言えます。
このような新たな授業の方針である「主体的・対話的で深い学び」と、継続的かつ計画的に授業を改善していく「カリキュラム・マネジメント」の両輪が、学校現場でのよりよい教育活動の鍵となっています。







