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少子化にも関わらず過熱化する中学受験 学習塾と学校との新たな関係とは?

宮田純也(一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事/横浜市立大学特任准教授/学校法人宇都宮海星学園理事)

2025年08月19日 公開

少子化にも関わらず過熱化する中学受験 学習塾と学校との新たな関係とは?

日本の教育界はいま、明治時代以来およそ150年ぶりの大転換期を迎えています。この流れは日本にとどまらず、世界中で起こっている現象であり、その背景にあるのは、現在進行中の「情報革命」といわれています。

そんな大転換期にある教育現場の今、少子化であるにも関わらず過熱化する中学受験の構造について、日本最大級の教育イベント創設者・大学特任准教授・学校法人理事など、さまざまな立場や役割で教育に関わっている宮田純也さんに解説していただきます。

※本稿は宮田純也著『教育ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。

 

低年齢・過熱化する中学受験

2024年は首都圏に在学する小学生の5.5人に1人が中学受験をしました(「首都圏模試センター」の集計から推定)。

少子化トレンドのなかで首都圏1都3県の小学校に2024年に在籍する6年生の数は2023年より約5000人少なくなっています。それでも2014年から中学受験の受験率は10年連続で伸びています。さらに、学習塾に通わせる年齢も低年齢化の一途を辿っていると言われています。

大学の入試形態は多様化しているにもかかわらず、首都圏の中学受験形態は学力試験が多くを占めています。

なぜ「大学全入時代」を迎えようとしているにもかかわらず、このようなことになっているのでしょうか。理由は大きく分けて3つあります。

①「ゆとり教育」など教育改革施策に関連する公立学校教育への不信感・不安感
②コロナ禍での対応格差により、公立より私立のほうがよかったと評価されたこと
③私立のほうが新たな大学入試の内容に対応しやすいと評価されていること

ここからわかることは、私学がおこなってきた努力が功を制して世間に評価されたということでしょう。ちなみに個人的には、私立中学受験は学習塾産業にとって重要な収入源であるため、学校説明会など私学と学習塾産業が協力し、また、進学系雑誌やWEBメディアなどの業界メディアも一緒になってこの傾向を加速させている側面もあるのではないかと推測しています。

その成果なのか、最近はいわゆる学力上位層が難関校を目指して受験するだけではなく、学力中位・下位層も受験する層が増えていると言われています。このように、よりよい教育が受けられる環境を求める層が増えており、その結果として中学受験は過熱化していると考えられます。

フランスの哲学者リオタールはかつて、著書『ポスト・モダンの条件』のなかで「大きな物語の終焉」について語りました。近代社会特有の世界観・人間観が崩れていくという趣旨で、これからは小さな物語が無数に出てきて、複雑で多様な時代になると指摘したのです。

日本社会で言えば、よい大学・よい会社に入るといった多くの人の共通の目標が崩れるということです。従来のようにただ偏差値がより高い学校に入れるということではなく、「よい」ということも多義化している時代になっています。

ちょうど現在の中学受験を経験する親世代は、社会の変化のうねりが強くなる前に学校教育を経て社会に出た世代だと言えます。そんななかで、過熱化する受験に飲み込まれずに自らの教育観を確立し、中学受験をあくまでよりよい人生を歩むための選択肢のひとつとして活用していくにはどうすればいいでしょうか。

「学校とはこういうもの」「勉強とはこういうもの」という自分の前提を疑い、子どもと一緒に学び合って認識と行動を変えていくことが大切なのではないでしょうか。

 

塾業界で広がるSTEAM教育

さまざまな学びのニーズへ応えるために塾業界では多様化が進み、勉強を教えない塾まで登場しています。

「STEAM教育」が、各教科での学習を実社会での問題発⾒・解決に活かしていくための教科横断的な教育として文部科学省によって学校教育でも推進されることになっています。

これは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の5つの分野を統合的に学ぶものです。

なお、ここでいう「Art」は、文部科学省の文脈では、芸術だけでなく、⽣活・経済・法律・政治・倫理などを含めたリベラルアーツとして定義されています。

この教育方法は探究学習とも結びつき、学びの形を大きく変え、中学受験でも「STEAM入試」のように入試形態としても取り入れる私学が増えている傾向にあります。

また、STEAMをひとつの切り口として、従来のような座学中心の学習塾もさらなる多様化・専門分化を遂げています。

たとえば、プログラミングに特化してプログラミングを子どもに教える塾、「プログラミング×英語」などプログラミングに何かを掛け合わせて提供する塾、ドローンを用いた教育活動を提供する塾、自然科学体験を通して教育活動をおこなう塾など多様な形態が現れています。

STEAM以外にも、授業がないことを売りにする大学受験対策、子どもの好奇心を育てることに特化し、勉強も受験対策も教えない塾、完全オンラインで完結する塾などユニークな塾が現れています。他にもスポーツや音楽、外国語に特化するなど多種多様です。

さらに、AI技術を活用した個別最適型の学びを実現するシステムや製品が採用されることも増えています。

これまでは杉並・和田中の「夜間塾」のように、授業後に学校へ学習塾を入れ、希望者へ通常の半額程度の授業料で塾の進学指導が受けられるようにする改革が物議を醸すなど、学校と塾は関係しているのに水と油の関係になっていました。

しかし、学校自体も教育が変わっており、さらにテクノロジーの進歩によって学習基盤自体が学校と塾で同じものが利用される事例も出てきています。

学習内容や形態は変わっても、学校教育を補完し、専門性を活かして学校教育ではできないが需要の高い教育を提供する学習塾の存在意義は失われていません。

それどころか、ますます多様化する教育需要に対して高まっていくことが推測できます。学習塾の多様化はより一層その勢いを増していくことでしょう。

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