ひんやりして涼しい木の中 ©Azusa Shiraishi
アジアのど真ん中にあるのに、日本では知られていない中央アジア。
しかし、かつてシルクロードの要衝の地だったカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスの5か国には、燃え続ける巨大な穴や古代テチス海の生んだ白い絶景のほか、荒地に忽然と出現した未来都市など多くの魅力に溢れています。
フリーライター&フォトグラファーの白石あづささんは、この5か国を2か月かけてすべてめぐり、その魅力を紀行本『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』に著されました。本稿では、サマルカンド郊外ウルグットの公園で白石さんが目にした、おとぎ話に出てくるような不思議な光景について紹介します。
※本稿は、白石あづさ著『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
木の根元にドアがある!?

不思議な楓の大木 ©Azusa Shiraishi
「ちわー。Dっす。俺、昨年までブクロ(東京・池袋)にいて、フードデリバリーで働いてたんすよ」
ウズベキスタンの古都・サマルカンド3日目。今どきの日本語に一瞬、渋谷の街角にいるような錯覚に陥った。忙しいベテラン日本語ガイドのアリさんは1日だけ。翌日からは違う若いウズベク人のガイドが来るとは聞いていたが、雰囲気も全く違う。
23歳の新人ガイドのD君は、ついこの間まで都内の大学に留学していたらしい。ちょうどコロナでリモート授業ばかりだったので、もっぱらバイトに精を出していたそうだ。
一方、若い観光省職員のシェルゾッド君はなぜか腹を押さえていた。悪いものでも食べたのだろうか。「上司には黙っておくから、家で寝てなさい」と帰そうとしても「ノープロブレム」と弱々しく笑って車に乗り込んだ。
今日は、アリさんにお勧めされたサマルカンド郊外のウルグットにあるチョル・チノールという公園に向かった。到着したとたん、D君は「ちょい、お待ちを」と走り出した。
入り口のスタッフや露店商のおじさんに何やら声をかけて、またダッシュで戻ってくる。ガイドを名乗っているものの地元の観光地の歴史は知らないらしい。私が質問するたびダッシュして往復するから汗だくだ。

園内には清らかな泉も ©Azusa Shiraishi
D君が聞きかじった解説によると、9世紀にこの近くの街のウルグットの市長さんが4本の楓を植えたことから始まった公園で、チョルは数字の「4」、チノールは楓(かえで)という意味らしい。園内にはモスクもありスーフィー教の聖地として知られている。
入り口近くの楓の大木を見上げていると、男性たちが木に向かって歩いていくのが目に入った。そしてスッと吸い込まれ姿を消した!? 根元を見れば木にドアがついている。巨大な楓の根元は空洞になっており、「木の学校」を意味する「マクタブ・チノル」と呼ばれているらしい。
人々が木に入った本当の理由

木の根元にドア!? ©Azusa Shiraishi
この大木は樹齢1160年を超え、高さは35m、幹の太さは15mあり一度に23人も入ることができるそうだ。小さな穴から腰をかがめて木の股に入ると、おとぎ話に出てくる小人になった気分だ。ひんやりとして幹に空いた小さな穴から光が射しこみ神秘的。白髭のイマーム(指導者)の男性が、皆にコーランを読んでくれた。
この公園には、千年を超える樹齢の楓も多く、1914年にはモスクや神学校が建てられたが、ソ連時代の宗教弾圧の折、イスラム教を潰したい当時のソ連政府に見つからないよう、大木の股の中に隠れてコーランを読んだという。
暑くて緑のないサマルカンドと比べると涼しくて天国である。公園内には小川が流れており、泉を掃除していたナシュルロッさんというおじさんは、「あんたたち、ラッキーだなあ。ちょうど明日は大掃除で公園は休みだったんだ。木の股は入った? え? ソ連に隠れてじゃないよ。じいさんから聞いたのは単に涼しいから皆、くつろいでいただけさ」と本当の(?)歴史を教えてくれた。美談の裏側は旅をしなければ分からない。
【白石あづさ(しらいし・あづさ)】
日本大学藝術学部美術学科卒業後、地域紙の記者を経て約3年の世界一周旅行へ。世界100か国以上をめぐる。著書に旅エッセイ『世界のへんな肉』(新潮文庫)、ノンフィクション『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』(ともに文藝春秋)など。







