定年後は家で過ごす時間が増え、結婚していればパートナーと一緒にいる時間も自然と長くなります。これまで仕事に多くの時間を割いてきた人の中には、いざ夫婦で向き合うと「何を話せばいいのかわからない」という戸惑いを感じる人もいるかもしれません。
精神科医・保坂隆さんは、夫婦円満の秘訣として「お互いをほめ合うこと」と「感情のままに話さないこと」を挙げています。ここでは、保坂さんの著書『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』から、定年後の夫婦の過ごし方に関する一節をご紹介します。
※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』(PHP文庫)より内容を一部抜粋・編集したものです
「夫ほめ」「妻ほめ」 二人でほめ合って機嫌よく暮らそう
「子ほめ」という古典落語があります。口のきき方を知らないために、損ばかりしている八五郎を見かねてご隠居さんが「口が悪いと損をするぞ」と言葉遣いを改めるように忠告する話です。
たとえば、道で知人に出会ったら年齢を尋ねて「それより若く見える」とおだてれば一杯ぐらいおごってもらえるんじゃないか、と教えます。とにかく相手が喜ぶようなことを言えば、相手は喜ぶぞと教えるわけです。
落語のことですから、八五郎はトンチンカンで、いざほめるとなると失敗ばかり。しまいには、仲間の竹さんに赤ん坊が生まれたのを祝いに行き、赤ん坊の年を尋ねると「(数え年で)一つ」というので、「一つにしちゃぁお若い。どう見てもタダだ」とホメてオチになります。
でも、相手が喜ぶようなことを言えば人間関係はうまくいく、というご隠居さんの教えは的を射ています。
最近の若い世代を見ていますと、カップルでも照れることなくお互いに相手を「カッコイイ」「カワイイ」とほめ合ったり、「愛している」「好き」「LOVE」という言葉を口に出したり、ことあるごとにメールに添えたりしています。
ほめ言葉は、それを聞いたり見た瞬間だけでも、相手を幸せにする効用があることを、自然体で知っているのでしょう。
定年を迎えた年配夫婦も、若い世代に負けずに、もっとお互いをほめ合うようにすると、二人の間を流れる空気はガラリと変わるはずです。
「今さら、女房のほめるところなんて見つからなくて」などというのはちょっと待ってください。定年まで仕事をしてきたのです。取引先との会話や若い女性の部下を相手にする場合を思い出せば、「無からほめ言葉を生み出す」くらいのことは毎日のようにやっていたはずです。
たとえば、奥さんが今着ている服をほめるだけでもいいのです。「そのカーディガンいい色だな。お前に似合うな」のひと言でも、奥さんは内心テンションが上がってしまうのですから、考えようによっては楽なものです。
食事のときも何も言わずに黙々と食べるのは、自分でもつまらないでしょう。
「うん、うまい。おまえがつくる〇〇は、昔から最高だな」とほめれば、「これだけはね、自信があるの」とまんざらでもない表情になり、ビールをもう一缶開けてくれるかもしれません。
奥さんのほうも同じ。夫の見飽きた顔でも「これが他人さまなら」という視点で見れば、どこか一つか二つくらいほめるところが見つかるでしょう。
今さら言いにくければ「お隣の奥さんがあなたのこと、いつまでも若いって。とても66歳には見えないって」と人の口を借りた形でほめる手もあります。「子ほめ」ならぬ「夫ほめ」「妻ほめ」というわけです。
定年後の長い生活、せめて二人でほめ合って機嫌よく暮らしていきましょう。リップサービスはちょっと工夫するだけで、お金も手間もかからず、でも相手を喜ばせて上機嫌にしてしまう「夫婦円満」のとっておきのコツなのです。
慢心・油断・無神経──夫婦なら「何を言っても平気だろう?」
相手の言葉にカチンとくる──。よくあることですが、精神医学的には、まだ「よい兆候」ととらえています。
なぜなら相手にまったく関心を失ってしまうと、何を言われても気にならなくなってしまうからです。つまり「カチンとくる」なら、人間関係はまだまだ脈が通っている証拠といえるのですね。
とはいえ、相手がキズつくことがわかっているような言葉は、たとえ本当のことでも、できるだけ口にしないようにする。これは人間関係の鉄則です。
ところが夫婦の場合、なぜか「何を言っても平気だろう?」と考えてしまうようです。これは相手に心を許しているとか、信頼しているということではなく、単なる慢心・油断・無神経です。「夫婦関係を大事にしていない」と言われても、仕方がありません。
自分の言いたいことを片っ端から口に出し、感情の赴くままに吐き出すのではなく、どう言えば、相手に伝えたいことが一番気持ちよく響くのかを、一瞬考えてから話しかけるように習慣づけましょう。
一般的には、女性のほうが口が達者──いえ言語脳が発達しているので、妻のひと言で夫が傷つくケースのほうが多いようです。
とくにタブーなのが、容姿の批判(デブ、ハゲ、チビ、汚い)、経済力(給料、退職金、年金が少ない)、家にいると邪魔(存在の否定)など。
反対に、夫から言われて奥さんが傷つくのは「太った、老けた」(美容関係)と「オレのお袋は」(姑との比較)が双璧だそうです。
また奥さんから夫に、「あ~あ、別の人と結婚すればよかった」も絶対に禁句。子どもの話題でも「あの子のああいうところは、本当にあなたにそっくり。悪いとこばかり似てきて困っちゃうわ」もないでしょう。そして、最後の決め台詞は「男のクセにっ、〇〇!」でしょうか。
夫も妻も「まさか、私はそこまでひどくない」と反論したい人も多いでしょうが、胸に手を当てて考えてみれば、自分の言動に思い当たる節もあるのではないでしょうか。








