「持ち主不明の森」が林業を探偵業にする 現場で深刻化する“所有者探しの壁”
2025年10月21日 公開
国土の約7割が森林という日本は、世界に誇る木の文化を持つ国です。
森林を適切に管理し、伐採した木材を余すことなく使い、再び植林して活用を循環させる――こうした「循環型林業」が、近年サーキュラーエコノミー(循環型経済)の観点から注目を集めています。
しかし現場では、林業を支える仕組みが大きな岐路に立たされています。山林の所有者の多くが70代以上の高齢者で継承が進まないだけでなく、「そもそも所有者が不明な山林」が増え続けているのです。本稿では、『森林ビジネス』より、林業が抱える根本的な課題について解説します。
※本稿は古川大輔著『森林ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
「持ち主不明の森」が林業を探偵業にする
林業の生産について、どうしてもお伝えしなければならない現実があります。
それは、個人で山林を所有している方のほとんどが、70代以上の高齢者であるということです。その所有者の意向調査をすると、こんな声が出てきます。
「もうお金にならないから手放したい」
「せっかく手を入れたのだから、何とか継いでいきたい」
「子どもは相続したがらない。行政が引き取ってくれないか」
吉野林業のような老舗林業地域にある大手の山林家や、まとまった山林がある、企業の所有林などには、こういった問題はありません。しかし、2020年の農林業センサスによると林家(1ヘクタール以上の山林所有者)の数は約69万戸で、そのほとんどが小規模零細です。
「良い山になっているので、子どもにしっかり相続したい」という方はほんのわずかで、相続は林業において大きな課題です。また、地元を離れ都会に出た所有者が管理を放棄する放置森林も長らく問題視されてきました。
また、いわゆる循環型林業が途切れてしまいそうな理由には、林業の産業構造や経済性の問題もありますが、それ以前に、「所有者がわからない山が多すぎる」という根本的な問題もあります。日本全国には、持ち主不明の土地がおよそ410万ヘクタール、九州の面積を超えるほどあると言われており、その半分以上が山林です。
林業の施業は、山林の所有者の許可を得ないとできません。そのため、いまや林業は、植林から始まるのではなく、所有者や権利者を探し出す「探偵業」から始まっていると言っても過言ではないのです。
所有者が不在であり、また地籍もわからず、施業をした境界もわからないという山林はたくさんあります。だいたいの場所は把握していても、隣地との境界がどこかわからなければ、伐採はできません。知らずに境界を越えて勝手に伐ってしまうと、人の財産(立木など)を奪うことになってしまうので、やっかいです。
相続を放棄して登記もしていない場合は、その子や孫まで追わなければ許可を得ることができず、施業ができないこともあります。林地台帳でわからなければ、お寺の過去帳を引っ張ってきたり、聞き取りをしたり、知っている人を数珠つなぎに辿っていったり......。
それでも見つからないこともあるので、必要な情報に辿り着くためには大変な労力を要します。また、施業をするにはまとまった広さの山林が必要であり、対象エリア内の所有者ひとりひとりに許可を得る(施業地の集約)ことも林業の重要な仕事のひとつです。しかしその所有者が数十人に上り、所有者不明地が複数に及ぶことも珍しくありません。
林業をする上では、このような探偵業としての役割こそが重要だというのが現場の認識です。森林組合や林業事業体などと市町村職員とが協力し合ってチームをつくり、できる限りの情報を集め、林業の施業地を集約していくのです。
森林経営管理制度とは?
しかし暗い話ばかりではありません。さまざまな法的サポートも出てきています。2018年5月2日に「森林経営管理法」が成立し、2019年4月1日より「森林経営管理制度」がスタートしました。
「森林経営管理制度」は、所有者自らが森林の経営管理ができない場合に、市町村が代わって経営管理権を設定し、林業経営者等に委託したり、市町村が自ら管理したりするものです。森林の適正な管理と林業の効率化を図ることを目的としており、全国でこの制度による森林整備が進められています。
この森林経営管理制度は、従前から活用されている「森林経営計画」という制度を前提にしています。森林経営計画とは、「森林所有者」または「森林の経営の委託を受けた者」が、一体的なまとまりのある森林を対象として、森林の施業及び保護について作成する5年間の計画です。
市町村が定める森林整備計画に即して作成、市町村や都道府県等に提出されます。認定を受けると、森林・林業施策の補助事業(間伐などの森林整備や作業道整備など)や税制優遇等の対象になるほか、J−クレジット制度への参加なども可能になります。森林経営管理制度による施業も、この森林経営計画を立てて実行されています。
この森林経営計画は、所有者が単独や共同で策定するほか、林業事業者や森林組合が複数の所有者をとりまとめて一括で計画を作成・提出する方法が一般的です。とりまとめ支援、作成支援などの仕事をする事業者やプレーヤーも増えています。その中には、単に書類を作成するだけでなく、地域としっかり関わり、森林の未来の姿まで見据えて活動する人たちも出てきています。
こういったサポートの仕事が適正に拡大していければ、森林ビジネスはまだまだ拡張性が高いビジネスであると言えるでしょう。地図や森林簿を見て測量をし、境界を決めていったり、所有者さんからさまざまな想いをヒアリングし、隣の山林所有者の情報を聞いたりして山をまとめていく。これはいわゆる「営業」の仕事に似ています。
GISという地図ソフトを使うのが得意な方や、いろいろな方とお話しすることが大好きな方には、「森林施業プランナー」という職種が人気です。







