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いい大学を出て、一流の企業に入るのが幸せなのか? 世界に学ぶ「最高の生き方」

一條和生(IMD[スイス、ローザンヌ]教授)、細田高広(TBWA\HAKUHODOチーフ・クリエイティブ・オフィサー)

2025年07月23日 公開

いい大学を出て、一流の企業に入るのが幸せなのか? 世界に学ぶ「最高の生き方」

「良い学校に入り、一流の企業に就職すれば、幸せな人生が約束される」──。このような考え方は、私たちの社会に深く根付いています。しかし、本当にそれが「最高の人生」なのでしょうか? 世界を見渡せば、偏差値や企業のブランドだけでは測れない、多様な生き方が存在することに気づかされます。書籍『16歳からのリーダーシップ』より解説します。

※本稿は、一條和生,細田高広著『16歳からのリーダーシップ』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。

 

あなたは将来、どんな生き方を楽しみたいですか?

一條は2014年から、日本経済新聞社が主催している「日経エデュケーションチャレンジ10」の校長を務めています。日本経済新聞というビジネスパーソンを読者とした新聞が高校生を対象にしたプログラムを長く開催しているのは、日本経済の未来を考えた時に投資に値すると信じているからにほかなりません。

「エデュチャ」に参加した高校生は、目先の進学だけでなく、その先にある社会人としての人生を考え始めることになります。ほとんどの高校生はそれまで漠然としか考えたことがありません。だからこそ私の役割は、その先の世界にたくさんの選択肢があることを解像度高く伝えることだと考えています。そのために校長として、開校式、修了式で、高校生の世界を広げることを意識しているのです。

世界にはいろいろな生き方があり、その準備のためにさまざまな学びの可能性があることを話します。日本ではともすると優秀な学校に入り、一流の企業に入ることが最高の生き方のように考えられることが多いように思います。しかし、それは世界と比べると極めて狭い視野の考え方である、ということに気づいてもらいたいのです。

 

一流レストランで学ぶ学校?

例えば、ある年には、スイス、ローザンヌにあるEcole Hôtelière de Lausanne(EHL、直訳すると、ローザンヌホテル学校)というとてもユニークな学校の話をしました。EHLは高校を卒業した若者が、ホスピタリティを専門的に学ぶ大学院大学です。ホスピタリティは、日本語で言うと「おもてなし」になりますが、そこでは学問体系(ディスシプリン discipline と言います)としてサービスの理論と実践を学びます。

世界各地から集まった若者の多くは、卒業後は世界の高級ホテル(いわゆる5つ星ホテル)に就職し、やがてはホテルの経営者に育っていきます。世界最高のホテルスタッフになるためには、ホテルのあらゆる業務を経験しないといけません。ですから学生たちは教室を飛び出し、アイロンがけからベッドメイキング、そして給仕と、あらゆる業務を体験学習していきます。

学生が給仕実習するために、EHLはレストランも運営しており、そこは一般にも開放されています。レストランの格を表すミシュラン1つ星がついている位ですから、味は一流。しかしあくまでも実習の場なので、値段は安く抑えられています。時々、給仕に失敗して先生に注意されている姿を見ることもあり、訪れたお客さんは普通のレストランでは得られない体験ができます。私もこのレストランを訪れ、世界中からホスピタリティを勉強に来た若者と、給仕の合間に話をすることを楽しみにしています。

実習教育に加えて、ホテルをしっかりと運営していくに必要な学問、例えば、財務(お客様に満足いくサービスを提供しながら、利益を上げるためにはどうしたらいいのか)、戦略(ライバルのホテルに負けないためにはどうしたらいいのか)、デジタル・テクノロジー(今はなんでもネットで予約する時代です)などもしっかりと学びます。長い夏休みには、実際にホテルでインターンとしても働きます。こうして、4年後には、世界で活躍するホテルレイディー、ホテルマン候補が生まれるのです。

人生の正解はひとつじゃない。人の数だけ生き方があり、それを叶えるために進学先を決める。それが世界では当たり前ですが、日本ではなぜかその当たり前が逆転しています。進学先をランキング順で決めて、行ける学校から進学先を選ぶ。日本でよく聞く「偏差値が高いから医者になる」というのは実に不思議な話です。

だからこそ、世界には想像もしなかった生き方があり、その実現のための学び方には数多くの魅力的な選択肢があると知るだけでも、日本の高校生には驚きの連続だったようです。

 

生き方を考え抜く10代にしよう

日本や韓国と比べると、スイスの制度では若者に早くから具体的に将来を考えることを促しています。義務教育が終わる2年前、14歳の時には自分が社会人としてどのように生きていこうか決定するのが一般的です。約20%の生徒が大学進学への扉を開く普通高校(ドイツ語では「ギムナジウム」、フランス語では「ジムナズ」と呼ばれます)に進む一方で、少なくとも3分の2の生徒は職業訓練を選択します。

そして、職業専門学校での授業と、受け入れ企業での有給の実習を組み合わせた座学実務を並行して行いながら、将来の職業生活に備えるのです。

スイスでは自己責任ということを国としてとても重視しており(ちなみに、スイスは永世中立国ですが、中立であることと、自国を自分で守ることとは矛盾しないと考えられており、国民皆兵制度がとられています)、早期から自分の生き方について考えるよう若者に促すことが、責任感ある国民を育てていく上で必要だと考えられています。実際に仕事をしてみると、それが自分の生き方に合った仕事なのか、よくわかるのでしょう。

スイスの高校生の満足度も高いようです。この点は、職場の見学や就業経験(インターンシップ)をしたことがある高校生が1割しかいないという調査もある日本との大きな違いです。

 

見習いから世界のリーダーへ

UBSという、スイスのみならず世界を代表する銀行のトップは、このような職業訓練から銀行でのキャリアをスタートしました。セルジオ・エルモッティ氏(SergioErmotti)です。

彼は2011年から2020年にかけてCEO(経営トップ)を務めました。いったん会社を去ったのですが、クレディ・スイスというスイス2番目の銀行を統合し、さらに規模が大きくなったUBSをリードするため、3年でカムバックしました。

1960年、スイスのイタリア語圏にある街・ルガーノで生まれたエルモッティ氏は、一時はサッカーのプロ選手になる夢も持っていたようです。その夢は叶わず、彼は大学に入らないで職業訓練の道を選び、スイスの銀行の見習いとなり、会計や財務の実務知識を働きながら身につけました。それがその後、様々な金融機関を渡り歩きながら金融のプロフェッショナルとしての力を磨き上げていった、エルモッティ氏のキャリアの始まりでした。

彼が最初に経営トップについた時、UBSはさまざまな深刻な問題を抱えていました。しかし、彼はそれらの問題を一つ一つ丁寧に解決するだけでなく、問題が二度と発生しないように制度を整えました。また銀行の運営方針、事業のあり方も大きく変え、今日のUBSの発展の土台を築き上げたのです。

サッカー選手を目指し、挫折してからは大学に行かず、銀行の見習いとして学びながら働き始めて、やがて世界を代表する企業のリーダーとなり、サッカーのフィールドを駆け回るように次々と課題を解決していく。日本では見られないダイナミックな生き方ではないでしょうか。

どちらがいいとは言いませんが、日本のように偏差値順にランキング上位の大学を目指し、なんとなく大企業に入って上り詰めた人には、真似できないリーダーシップのスタイルです。

 

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