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社会

「声なき日本人」にツケを回すな

冨山和彦(経営共創基盤CEO)

2011年02月14日 公開 2022年12月22日 更新

冨山和彦

 藻谷浩介氏著の『デフレの正体』(角川書店)がベストセラーになっている。藻谷氏の見解は、従来から何度かうかがう機会があったが、少なくとも「不況感」の正体としては、企業経営の最前線、とくに地域企業の改革や再生現場における私の実感と合致する部分が多いと感じていた。氏の考えを知るには同書を読んでいただくのが最良だが、私なりの理解は以下のとおり。

 ■人口ピークの波が通りすぎると、生産年齢人口の減少と高齢化によって消費力が不可避的に減退していくが、グローバル化と資本装備化が進んだ現在の供給力は、労働力の減少と比例して減少せず、そこに構造的な需給ギャップが生まれる

 ■これが日本を長期にわたって覆うデフレ、あるいは不況感の真因

 ■その一方で、保有資産の分布は上の世代に偏り、しかも社会保障制度は人口増加を前提とした世代間賦課型のまま。数も少なく所得も資産も少ない若年層世代に重い負担を背負わせる構造

 ■この社会システムを前提に、財政出動や所得再分配を強化して需給ギャップを埋めようとしても、財政が悪化するだけで持続的な効果はない

 ■デフレを脱却するには、むしろシニア世代の資産を消費性向の高い若年層に移転する政策と、経済も人口も右肩上がりのアジア地域の旺盛な需要を取り込むことが必要

 ……ざっとこんな感じだが、じつは企業のなかでも、ほぼ相似形の物語が展開している(こちらは、拙著『カイシャ維新』〈朝日新聞出版〉で詳しく論じているので、関心のある方はどうぞ)。少なくとも国内市場では、本当にモノが売れない。しかも甚だしい過当競争。新市場を創造しても、よほど強力な競争障壁をつくれないと、過当競争→値下げ競争→収益低下→賃金と雇用の押し下げという負のスパイラルに入ってしまう場合がほとんど。そうなると人口のピラミッド構造を前提とした終身年功制の日本型「カイシャ」システムは、あちこちで矛盾を露呈する。事実上、OBが現役から搾取する構造になっている企業年金はもたなくなり、既存の雇用を守るためには新卒採用を絞るか、新規雇用を非正規化して、若い世代をコストバッファーにせざるをえなくなる。

 日本企業がこのスパイラルから脱却できる方法は大きく分けて二つ。一つは、グローバル経済圏に打って出て、海外の旺盛な需要を取り込むパターン。もう一つは、高齢化する人口動態にモノやサービスを適合させたビジネスモデルを築くことである。いいかえれば、これらができるか否かで、企業レベルでも個人レベルでも格差が開いていくことを意味する。

 ここまでくると、多くの読者のみなさんはもうお気づきだろう。数年来、流行の格差論議の正体も、藻谷氏が指摘している因子とほぼ重なるのである。少子高齢化の進展と経済のグローバル化という厳然たる現実に、耐用期限が過ぎた社会や会社のシステムが対応できていないため、対応できた企業や個人とそうでない人たちのあいだ、さらには温存されている古いシステムの既得権構造で守られている人とそうでない人のあいだで、「格差」は広がってきたのだ。そこに新自由主義のイデオロギーや米国の金融資本主義が、主要な作用をしているわけではない。

 皮肉なのは、この根本的な因果構造を理解せずに、市場経済原理を否定して、短絡的に所得再分配や規制を強化すると、かえってこの格差が広がってしまうことだ。派遣労働への規制を強化すればするほど、グローバル経済圏で活動している企業は雇用を海外や外国人に求め、「正規と非正規」の雇用格差は「正社員と失業者」へと形を変えて拡大する。消費者金融への規制を強化すると、ソフト闇金が跋扈して弱者をさらに苦しめる。所得再分配を強化すると、増税と社会保険料上昇で低所得、低雇用の若年層の生活苦は深まり、高齢者層の貯蓄ばかりが増えていく。

 小泉内閣が退陣してもう5年。それ以降、政権が代わるたびに、格差問題は規制緩和、歳出削減のせいだとして構造改革路線の軌道修正が進んできた。おまけにリーマン・ショックで米国の金融資本主義も明らかに退潮。しかしそれで格差問題は解決したか? 若年層失業問題は改善したか? 統計的な事実でみるかぎり、答えは明確にNOである。やはり既得権益を破壊し、世代間格差問題に真正面から取り組むことこそが、わが国の格差問題の解決には不可欠なのだ。

 人口構造にきわめて大きな歪みが生まれてしまい、仮にこれから出生率が上がっても、その効果が表われるのは数十年先。それまでいまの経済、財政、社会保障がもつわけがない。もはや現状の社会システムが生み出す、あまりにも大きな世代間の不公平から逃げることは許されないのだ。社会保障システムは、直ちに同世代内の資産と所得の再分配を基本原理とする形に再設計すべきであり、財源論(≒負担)だけでなく給付にも手をつけることが必須。十分な資産や所得をもっている高齢者に関しては、その生活や医療を若者の税金や保険料で支える必要はない。

 グローバル経済圏の需要取り込みの恩恵を、一人でも多くの日本人が享受するには、勤皇開国路線を取り、いっそうの規制改革と既得権集団の破壊も不可避。農業にせよ、医療にせよ、既得権構造を温存したままパッチワーク的な規制緩和と慰撫策を継ぎ合わせてきた結果、国際競争力もなく、さりとて公共的な使命の実現も怪しくなり、のんびりとおいしい汁をすする人びとと、高い志で歯を食いしばって頑張る人びととが混在するいびつな世界が現出している。既得権集団との衝突から逃げ続けているかぎり、グローバル経済圏、とくにアジア地域の安くて豊富な労働力を背景にした供給力は、日本人の雇用と賃金を奪う脅威としてしか作用しない。

 やはり国論を二分してでも、ガチンコで白黒つけることが必要なところまできているのだ。こういうと、「日本は和の国、そんな対立を煽るようなやり方は馴染まない」「そこを時間をかけてすり合わせていくのが日本流」とわかったような「日本論」を持ち出す人がでてくる。しかしそうして問題を先送りしてきた結果が、今回の醜悪としかいえない国家予算の姿だ。そしてすべてのツケは、若年層のさらにその先の、これから生まれてくる「声なき日本人」に回っていく。

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