
よく、健康の観点から「お酒は1杯まで」と耳にすることがあります。しかしお酒好きの人にとって、1杯に留めることは難しいかもしれません。実際、身体に悪影響をおよぼさない飲酒量の基準はどう決まっているのでしょうか。酒ジャーナリストの葉石かおりさんの著書『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』の中から、飲酒によるリスクや、医師がおすすめするお酒の種類について紹介します。
※本稿は、葉石かおり著『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』(日経BP)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
大腸がんの目安は「1日20g」
厚生労働省が公表した飲酒ガイドラインに対して、腹を立てている酒好きもいるかもしれない。「酒ぐらい好きに飲ませてほしい。なぜ国の言うことに従わなければならないのか」という不満を持った人もいるだろう。
だが、ガイドラインで示された「これ以上多く飲むと、この病気のリスクが上がりますよ」という目安は、否が応でも気になってしまう。身近な家族や知人がその病気になったら、なおさらだ。
実はつい最近、知人が大腸がんで入院し、手術を受けたばかりだ。彼女は60歳を超えているが、30代の若者に負けない、いや、下手をしたら若者を上回るほどの飲みっぷり。店でさんざん飲んだ後、自宅で朝まで飲み直すのが日常という、まさに「酒豪」だった。
しかし、下血の症状が現れ、病院を受診。大腸がんであることが判明し、即入院、手術となった。その話を人づてに聞いたとき、「やっぱり......」と思うほど、はたから見ても危険な飲み方だった。
飲酒ガイドラインでは、大腸がんのリスクが上がる目安として、男女とも「週に150g(1日20g)」となっていた。1日に20gといえば、ビールなら中ジョッキ1杯分に相当する。これ以上飲めば大腸がんのリスクが上がるとして、いったいどれぐらい上がるのだろう。また、どのような人が特に注意したほうがいいのだろうか。
大腸がんに詳しい、都立駒込病院消化器内科の小泉浩一氏にこうした疑問をぶつけてみた。
「まず大腸について説明しましょう。大腸は、小腸から続く消化管で、盲腸から肛門までの約1.5mの部分を指します。盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸で構成され、大腸がんはこれらの部位に発生するがんのことです。
大腸がんの初期には自覚症状がなく、進行するにしたがって血便、残便感・便意頻回といった便通異常などの症状を伴い、最後には腸閉塞となって、腹痛、腹部膨満・嘔吐などが現れます。症状はゆっくり少しずつ出現するので、腸閉塞になって初めて受診される方も少なくありません」(小泉氏)
結腸にできるのが結腸がん、直腸にできるのが直腸がん、それらをまとめて大腸がんと呼ぶのだ。
飲酒によるリスク上昇は1.2倍程度
それで、やはり大腸がんの原因はアルコールなのだろうか......?
「ヨーロッパで25歳から70歳までの34.7万人を対象とした研究では、男性は純アルコールに換算して1日当たり24g、女性は12g以上の多量飲酒群と、それ以下しか飲まない少量または無飲酒群を比べると、S状結腸がんのリスクは1.09倍、直腸がん1.23倍、双方合わせた大腸がんでは1.15倍高まると報告されています(*3)。
また、欧米6か国3万人を対象とした研究でも、無飲酒群と超多量飲酒群を比較した場合、大腸がんの罹患リスクは1.25倍という結果が出ています(*4)」(小泉氏)
おや、これだけを聞くと、思ったよりもリスクが高くないような......?
「そうですね、お酒をよく飲む人は、大腸がん、特に直腸がんになりやすいとは言えますが、1.2倍程度ですので、例えば『お酒を飲むと顔が赤くなる人の食道がん』などに比べると、リスクは低い。1日当たりビール350mg缶1本、ワイン2杯、日本酒1合程度の少量飲酒であれば、影響はあまりないと言っていいでしょう。私も診察の際は『お酒を飲むなら1杯だけですよ』と患者さんに伝えています」(小泉氏)
「少量ならあまり影響はない」と聞いて、思わずガッツポーズを取りそうになる。しかし、小泉氏の話は続く。
「ただし、アルコールそのものに加え、分解の過程で生成されるアセトアルデヒドにも発がん性があります。アセトアルデヒドは遺伝子を傷つけ、がんの原因となる活性酸素を取り除く抗酸化物質の吸収を妨げる作用があります。食道がんではアルコール自体がリスクになるのですが、アセトアルデヒドの影響を受けやすいのが、大腸がん、肝臓がん、乳がんと言われています。まだそのメカニズムは解明されていませんが、飲み過ぎればさまざまながんのリスクが上がるので注意が必要です」(小泉氏)
メカニズムは解明されていないとはいえ、アルコールとアセトアルデヒドに発がん性があることはよく知られている。
実は、大腸がんは、できる部位によって要因が異なるのだという。
「自分から見て大腸の右側にあたる上行結腸、そして横行結腸にできるがんには、遺伝性で若年からがんができやすいリンチ症候群が関係している場合がありますね。リンチ症候群の遺伝子変異を持つ約80%の人が、生涯のうちに大腸がんを発症すると報告されています。
これに対し、左側にあたる肛門に近いS状結腸、直腸は、飲酒や喫煙などの環境的要因の影響が強いと言われています。お酒好きの方にはS状結腸がんや直腸がんが多いというわけです」(小泉氏)
大腸がんの家族歴がある場合、特に若いうちに大腸がんになった人が身近にいる場合は、飲酒のリスクに遺伝的要因も加わるので、さらに注意が必要だ。
また、日本人は欧米人に比べ、同じ飲酒量でも大腸がんのリスクがやや高くなるという報告もあるという。
1杯だけ飲むなら蒸留酒?
「これを食べたら大腸がんを予防できる」というものはないのだろうか。
「食物繊維の多い野菜や果物は、大腸がんの予防に役立つのではないかというイメージがありますが、日本のコホート研究では予防効果は確認されておりません(*7)。しかし、野菜・果物は葉酸や各種ビタミン類を含むので、大腸がんを予防できる可能性も考えられ、胃がんや循環器疾患の予防に有用であることが分かっているので、とらない手はないでしょう」(小泉氏)
確かに、食事で野菜などを多くとれば、自然と肉類をとる量が減ってくるかもしれない。さて、大腸がんのリスクについてさまざまな側面から考えていくと、運動をする、肉を食べ過ぎないなど、予防のためにできることがあることが分かった。
それでも、家族歴があるなど、リスクが特に高いと考えられる人は、小泉氏が患者に伝えているように、飲んだとしても「1杯だけ」にとどめておいたほうがいいのかもしれない。では、その貴重な「1杯」は、どんな種類の酒を選んだらいいのだろう?
「これは、過去の経験からの考察ですが、醸造酒よりも蒸留酒のほうがリスクが低い印象を持っています。蒸留酒は醸造酒に比べて、お酒を造る過程でできる副産物(コンジナー)や添加物が少ないことが影響しているのかもしれません」(小泉氏)
醸造酒というとビール、ワイン、日本酒など。蒸留酒というと本格焼酎やウイスキーなどだ。もし本当に1杯だけにとどめるのなら、これも参考にしてほしい。