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なぜ目標管理は形骸化するのか “リーダーシップ偏重型”研修の盲点

小林祐児(パーソル総合研究所主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長)

2025年12月18日 公開

なぜ目標管理は形骸化するのか “リーダーシップ偏重型”研修の盲点

今、管理職として働くということが、「罰ゲーム」と化してきていると言われています。

あまり気が付かれていませんが、この管理職の「罰ゲーム化」には、放置すると負荷が上がり続ける、まるでインフレ・スパイラルのような構造が存在します。ここ10年ほどで現れたハラスメント防止法、働き方改革、テレワークの普及など、新しいトレンドの多くが、管理職の負荷を増やし続けているのです。

本稿では、労働・組織・雇用に詳しいパーソル総合研究所主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長の小林祐児さんに、管理職に偏った「リーダーシップ偏重」型の研修の実態と問題点ついて解説して頂きます。

※本稿は、小林祐児著『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

リーダーシップ偏重の例としての「目標管理」

企業が感じている目標管理制度の課題

リーダーシップ偏重型の「筋トレ発想」が典型的に表れる場面を、より具体的に見ていきましょう。例として挙げるのは「目標管理」と「人事評価」についてのトレーニングです。

日本の目標管理制度は、成果主義の時代に中小企業まであっという間に広がった、いわば成果主義の「レガシー」です。期初に従業員が個別の目標を立て、上司とすり合わせ、期末に目標を評価し、その評価が昇格や賞与の配分に用いられていきます。MBO(ManagementbyObjectives/目標管理制度)という仕組みです。

この目標管理と評価プロセスは多くの企業で形骸化し、まともに機能していないにもかかわらず、誰もがやらなくてはならないタスクとして管理職の時間を奪い続けています。すでに多くの企業は、目標管理について強い課題意識を抱いています。筆者が実施した企業人事・経営に対する調査では、目標管理に対して「従業員の仕事へのモチベーションを引き出せていない」「従業員の成長・能力開発につながっていない」「成果を出した人材に報いる処遇が実現できていない」とする企業が半数を超えました(図表1)。

こうした目標管理制度がうまく機能するには、どのようなことが必要なのでしょうか。簡単に、研究から得られた知見を述べましょう。

目標管理制度がうまくいくかどうかは、その制度の精緻さや厳密さではなく、従業員側にある「制度への見方」が多大に影響しているということがわかっています。こうした人事評価や目標管理制度に対する、評価される側(従業員)の見方・視点のことを、筆者は「暗黙の評価観」と呼んでいます。

例えば、評価というものは、「自分の成長度や、今の課題を確認するためにある」「仕事の計画を立て、意欲を高めるためにある」といった前向きな評価観などが持たれているとき、目標管理はうまくいっていました。反対に「無理にでも仕事をさせるためにある」といった「やらされ感」満載の評価観を持たれていると、目標管理はうまくいきません。

こうしたメンバーの評価観を、「リーダーシップ偏重」の訓練で変えることは不可能です。日本の目標管理は多くの場合、部下が目標を立て、部下が自己評価します。そうした目標の立て方の誤りや評価基準のズレなどのハレーション(悪影響・悪作用)が、管理職の負荷を上げます。

まずはストレートに、メンバー層にも「会社が何のために目標管理を行っているのか」「評価の狙いは何か」「目標はどう立てればいいか」「フィードバックをどう受け止めればいいか」といったことを伝える機会が必要になります。

しかし現実には、8割弱のメンバー層は、目標設定や評価についてのトレーニングを受けていません。ほとんどの企業で実施されているのは、管理職への「評価者研修」ばかりです。

だからこそ、現場を覗けば「過去の目標のコピペ」ばかりの目標設定や「メールで済まされる評価フィードバック」のような形骸化した目標管理ばかりが蔓延することになります。部下を10人以上抱えている管理職においては「形骸化させないと仕事が回らない」という悲惨な状況も散見されます。

本来の目的である「従業員の成長支援」のための目標管理を行うには、目標管理そのものの目的や、人事評価の狙いをメンバーへ伝えることは必須作業です。

 

ハラスメント研修の副作用

上司との心理的距離間と部下の成長実感の関係性

「リーダーシップ偏重」の悪影響は「ハラスメント研修」でも起きています。

近年、ハラスメント防止の機運が高まる中で、管理職を対象としたセクハラやパワハラについての研修や、ハラスメントを含むコンプライアンス遵守のための研修が数多く行われています。管理職たちは「時代は変わった」「自分たちの若い頃はハラスメントだらけだったなぁ」などと時の流れを感じながら、粛々とハラスメント研修を受け続けています。

そうしたハラスメントへの厳格さが、実は「回避的なマネジメント」につながっています。十分なフィードバックができない、飲み会やランチに誘えない、仕事を任せることもできない......。ハラスメントへの意識が高い上司ほど、こうした状況に陥りがちです。

上司からの適切な助言や指摘、そしてコミュニケーションそのものが少なければ、部下は成長できません。データで確認してみても、上司に心理的距離感を感じている部下ほど、成長実感を得られていません(図表2)。「ハラスメント防止」は「成長させられない上司」を生んでいます。

それだけではなく、最新のハラスメント研究では、こうした「放置型」のマネジメントは、むしろハラスメントを「増やす」ということが明らかになってきています。

関東の地方公務員1000人を対象にした研究では、上司が放任型だと半年後にパワハラが新規発生するリスクが4.3倍、部下がメンタルヘルス不調になるリスクが2.6倍になっていました。ノルウェーでの研究でも、上司が放任型であることと、職場環境の不安定さや、パワハラやメンタルヘルス不調の発生が関連していると示されています。

確かに、上司がハラスメントの加害者になる場合が多いですし、あまりにも古い昭和のマネジメント・スタイルを続けてしまっている管理職も存在します。しかし、多くの企業では、管理職の過半数以上は、ハラスメントのリスクはほとんど無い「普通」の上司でしょう。「守り一辺倒」のハラスメント研修は、そうしたリスクの低い管理職まで回避的マネジメントへと導いていっています(図表3)。

ハラスメントの基礎知識や実態、判例などの知識はもちろん、ハラスメントに厳しい組織風土は、前述のような副作用を生むことも含めて、メンバー層にも教えるべきです。ハラスメントは別に、上司だけが行うわけでもありません。

最近は免罪的なハラスメントの訴えも増えており、人事部の頭を悩ませています。直感的な内容ではなく、データを用いて全体像を伝えることで、ハラスメントを「上司の課題」ではなく、「組織の課題」にすること。メンバーと上司を同じ土俵に立たせることが必要不可欠です。

ハラスメント研修の副作用

プロフィール

小林祐児(こばやし・ゆうじ)

パーソル総合研究所主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長

上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所、総合マーケティングリサーチファームを経て現職。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。単著に『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎新書)、『リスキリングは経営課題』(光文社新書)、共著に『残業学』(光文社新書)、『働くみんなの必修講義 転職学』(KADOKAWA)など多数。

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