
管理職の約半数が経験しているという「バーンアウト」とは?労働環境の変化に伴い管理職の業務が多角的になり、心に支障をきたす人が増えているそうです。
Smart相談室でカウンセラーをつとめる、プロビジネスコーチの小西宏明さんが詳しく解説します。
リモートワーク時代に注目される「バーンアウト」とは?
バーンアウトとは、いわゆる「燃え尽き症候群」です。
一つの方法や物事に集中し、強いストレスを感じながらも熱心に想いを込めて取り組んでいたけれど、突然何かのきっかけで自分の限界を超えて心が折れてしまう状況を指します。
細かく解説すると、「症候群」とは複数の症状や症候の集まりを指す言葉で、病気を引き起こす病態の一種とされています。
つまり、まだ「うつ病」という病名が診断される前の状態です。
前職であり、現在も週に一度の往診サポート業務を委託している医療法人エルア会マオメディカルクリニックの植月俊介院長に、「燃え尽き症候群」についてお話しをうかがったところ、バーンアウトとは「脳の疲労状態」と解説していただきました。
つまり病気(所謂、精神病)ではなく、ストレス過多の状態が慢性化し、集中力や意欲の低下、易疲労感(体が疲れやすい状態、疲れを感じやすい体質)、抑うつが前景にある状態だという事です。
リモートワークというコロナ禍以前ではそこまで普及していなかった職場環境が、大きく変化し、職場オフィスとは異なる「もう一つの職場」として2020年以降、5年間で一般化したスタイルは、オフィスで働く人々に大きな変化をもたらしました。
管理職の半数以上がバーンアウトに直面...その背景とは
じつは、管理職の半数以上がバーンアウトに直面していると言われています。その背景として大きく3つの変化が要素として挙げられると考えます。
1つ目は、マネジメント手法の変化です。
これまでの職場環境では、部下の表情や動き、雑談を含む様々なコミュニケーションを通じて自然に情報を得ることができていました。しかし、現在はリモートワークの広がり等により、そうした情報が入ってこず、従来のような認識を持つことが難しくなっています。
そのため、テキストでのやりとりや15分程度のオンラインミーティングを通じて、プロジェクトやタスクの進捗状況を把握し、トラブルを未然に防ぐための働きかけを行い、突発的な問題にも適切に対応していく必要があります。「今、何が起こっているのか?」を正確に把握するため、従来以上に意識的な情報収集と細やかなコミュニケーションが求められます。
またここ数年は、コロナウイルス感染症が5類に移行したことで、オフィス回帰も進んでいます。常に変化し続ける職場環境に、マネジメント手法も適応させなければならない環境が管理職の心労を招いている一つと言えるでしょう。
2つ目は、関わり方の変化です。
上記のような労働環境の変化の中で、部下との「関わり方」の対応に苦労している管理職はとても多いと感じています。
私が相談業務でコーチングのテーマとして扱う事がとても多く、これまでの関わり方ではうまくいかない難しさを感じているようです。
リモートワークによってコミュニケーションの円滑化が必要となり、チャットツールを用いた仕事上でのやりとりが増えています。私が研修で登壇している市役所などの地方自治体でもテキストチャットツールが導入され、その利用方法の改善について多く議論がされています。
「マルハラ」という言葉が広がり見られるように、若い世代との受け止め方の違い、つまりコミュニケーションスタイルの違いに戸惑いを感じながら本来のマネジメント業務を遂行しなければならない環境も背景として考えられます。
そして3つ目の変化は、休憩時間や休暇の過ごし方の変化です。
私自身の体験でもありますが、昨今のチャットツールの発達により、多種多様なツールや、プロジェクト・タスクごとのチャンネルやチームの存在、さらには他社や自社の別部署とのシームレスなコミュニケーション連携機能が充実しました。その結果、膨大な数の通知がランダムに届く機会が増えてきています。
気軽にメッセージして物事を共有できるのは良いものの、キャッチアップ、リアクションといった仕分けすべき情報量が増加傾向にあります。
そのため、休憩時間も常に意識が仕事に向いている状態で、休憩時間も脳は働き続けてしまいます。植月医師によると、特別、作業をしていないが、脳の電源が常に入っている状態、すなわち「デフォルトモードネットワーク(DMN)」が常に活性化していることで、オンとオフの切り替えを難しくしている点を指摘しています。
また、休憩中や休暇中に、ソファに座って何気なくSNSを眺めてしまう人も少なくないでしょう。SNSやオンラインゲームから溢れる膨大な情報を無意識に処理し続けることで、知らず知らずのうちに疲労が蓄積される要因になるといわれています。
管理職がバーンアウトに陥りやすい理由
このような背景から、管理職がバーンアウトに陥りやすい理由としては、a)目標管理や進捗管理など「日常業務が目まぐるしく変化する新しい環境下」での適応。b)アップデートできていない休み方・リカバリー不足が挙げられるでしょう。
a)目標管理や進捗管理など「日常業務が目まぐるしく変化する新しい環境下」での適応。
外部環境の変化や社内の運用方針を把握できていても、細やかな改善活動や事前の対策ができず、受け身になってしまうことはよくあります。
部下の育成が進まない中、プロジェクト推進や目標管理では効率性を優先しがちです。その結果、部下の能力開発を考慮した業務アサインができず、ギリギリの組織運営の中で業務を巻き取ってしまい、部下は「できなかった」「期待に応えられなかった」という失敗体験を重ねてしまいます。
部下の業務を巻き取ることは、部門や仕事の最適化という視点ではやむを得ない場合もあります。しかし、部下が自己有能感を得られず、モチベーションが低下し、会社へのエンゲージメントが維持できなくなるリスクもあります。これは生産性の低下につながるだけでなく、コミュニケーションの質の低下を招き、結果的に管理職の課題が増えてマネジメント領域が広がります。その結果、本来取り組むべき業務に手が回らず、管理職の疲労が蓄積されてしまいます。
b)アップデートできていない休み方・リカバリー不足
繰り返しになりますが、バーンアウトの大きな原因は「脳の疲労」です。読者の皆さんは、疲れを感じたとき、どのように対処していますか?
多くの方は「休む」と答えるでしょう。しかし、休み方を誤るとかえって脳疲労を招くことがあります。
先述の通り、何となくSNSを見てしまう方は多く、さらにTVやウェブメディアを通じて日々膨大な情報が入ってきます。加えて、業務環境の変化や人手不足が深刻化する中、DXの重要性が増し、仕事で扱う情報量も増大しています。
そのため、「疲れたから」とソファーで横になり、TVを見ながらSNSをぼんやり眺め、昼寝を繰り返すといった旧来の休み方では、脳の疲労は回復どころか蓄積してしまいます。
企業カウンセラーが教えるバーンアウトを防ぐ実践的5つの対策
1:仕組み化
環境が目まぐるしく変化する今、管理職がすべての最適解を持っているわけではありません。
新たな環境変化を捉え、部署全員で情報共有やコミュニケーションを重ねながら、最適化を目指しましょう。
ここで大切なのは、「答えを求めないこと」です。誰も経験したことのない状況で正解を探そうとすると、議論が迷走し、「結局、これまで通りに...」となりがちです。
まずは試行しながらベストな状態を探りましょう。そして、PDCAを仕組み化することが重要です。
「何となくうまくいっている(トラブルがない)」と放置すると、考察の幅が狭まり、改善が進みません。必ず振り返り、「教訓を言語化」してください。
この作業は面倒に感じるかもしれません。しかし、管理職だけでなく部下一人ひとりのコミュニケーション負担を軽減し、「やりやすさ」や「達成感」を実感できます。結果として、改善や仕事へのモチベーションが向上します。
また、指示待ちの部下に「考えるクセ」をつけ、仮説を立てる力を育む機会にもなります。つまり、負担軽減・達成感の獲得・人材育成と、一石三鳥とも言える効果が期待できるのです。
2:助け合う・相談が出来る環境づくり
管理職であっても、仕事量が増え稼働が過密になったり、強い疲労を感じたりする時には、業務を分担・相談できる環境が必要です。抱え込んで焦りや戸惑いを感じると、手が動きにくくなり、作業の進捗が悪化することもあります。
そのため、日頃から「助け合う(互いの状況を確認する)」「相談できる」組織風土を醸成することが重要です。上級管理職との密なコミュニケーションや、部下との仕事の共有を通じて、会社や部署全体のアウトプットを最適化していく必要があります。当然、部下の仕事を引き受ける場面もあるかもしれませんが、各自が自身のコンディションを考慮した上で判断することが求められます。
やらされ感が強かったり、組織全体で達成感を共有できなければ、相互フォローの文化は根付きません。
しかし、日頃の関わりの中で助け合いや相談の文化を築き、それを評価に反映できる仕組みを作ることが、今後ますます重要になります。
まずは、声かけなど組織としてできることを探るところから始めてみてください。
3:SNSやオンラインゲームとの距離を置く
YouTubeを含むSNSやオンラインゲームは膨大な量の情報が発信されています。
私自身もつい、「何となくつい見てしまう」状態がしょっちゅうあり、この記事を書きながらも強く反省しています。
また、周囲の人に聞いてみると、疲れに比例して、視聴時間は増えている実感がある人も多いようです。この記事を読んで頂いている皆さんはいかがでしょうか?
特に休むと決めている時間のアクセスには気をつける必要がありますね。
そのためには、本を読んだり散歩をしたりと、意識を別のことに向ける工夫が効果的でしょう。
4:強い疲れを感じている時は、自分に合う休みをとる
「休息方法」をインターネットで検索すると、さまざまな方法が紹介されていますが、自分に合ったものを選ぶことが大切です。
判断のポイントは、集中して取り組めるかどうか。例えば、運動が苦手な人にとっては、ジョギングやストレッチが楽しめず、むしろストレスになることもあります。同様に、手先を使うのが苦手な人が手芸や細かい作業をすると、かえって負担になる可能性があります。
植月医師によると、バロック音楽を聴いたり、サウナで整えたり、散歩をしたりと、突発的な変化が少ない活動に没頭する時間が重要だといいます。
また、日頃から深呼吸を意識し、「新鮮な空気を深く吸い込む感覚を味わうマインドフルな状態」を目指すことも、脳のリフレッシュに有効です。深呼吸によって血流が促され、心身を整える大切な習慣になります。
5:第三者との対話
頭の中で考えていること、特に疲労感やモヤモヤは、社内や家族には話しにくいものです。
心理的安全性を感じられる(少し距離のある)相手と30分でも話す時間を設けてみてください。
コーチングでは「オートクライン」と呼ばれますが、自分で話すことで、今の状態を客観的に認識できます。
周囲から「疲れてる?」と気遣われても、「大丈夫!」と言ってしまうことが多いでしょう。本当にそう思っていたり、弱みを見せられなかったりすることで、自分の状態を見誤ることもあります。
「自分のことは自分が一番わかる」と思いがちですが、言葉にすることで気づくことも多いもの。ぜひ、話せる環境を意識してみてください。
ただ、強い疲れを感じたり、ミスが続いたりしているときは無理をせず、適切な休息を取ることが大切です。
また、話している間も脳は活発に働くため、思ったよりスッキリしない場合は、長時間話し続けず早めに切り上げることも重要です。
気軽にオンラインで相談できるカウンセリングサービスを活用するのもよいでしょう。落ち着いた環境でアクセスでき、自分に合うカウンセラーを選べるため安心感があります。
心療内科や対面のカウンセリングは、「通うのが恥ずかしい」「どんなカウンセラーかわからない」と心理的ハードルが高いと感じる人も少なくありません。
どこからでも利用でき、自分に合ったカウンセラーを探せる「Smart相談室」のような法人向けサービスを導入し、働きやすい環境を整えるのも一つの方法です。
【小西宏明】
Smart相談室カウンセラー・プロビジネスコーチ・企業研修講師/Co-Creation Laboratory株式会社 代表取締役/(一財)生涯学習開発財団認定マスターコーチ 立命館大学MBA/アスリートキャリアコーディネーター認定資格
TOYOTA販売店で15年間新車営業職として勤務。2018年1月業務用酒販店へ事業継承として転職。2019年6月精神科医療法人で経営企画室室長として転職、医療経営に従事。経営者のうつが多い問題を現場で知り支援すべく2020年3月に独立。現在はプロビジネスコーチとして経営者から新入社員まで幅広い階層にコーチングを提供。また、地方自治体職員や大企業・中小企業の階層別研修に講師として多数登壇実績を持つ。2025年1月30日現在コーチングセッション実績1446時間