南房総で畑から始まる挑戦 「菜花」と「サトウキビ」が描く地域の現在
2026年03月16日 公開 2026年03月16日 更新
千葉県南房総市で、地域を盛り上げようと奮闘する人たちがいる。今回、現地を訪れ、その当事者たちに話を聞いた。取材を進めるうちに見えてきたのは、地域に対する並々ならぬ思いと、この土地だからこそ生まれている新たな挑戦のかたちであった。
菜花の産地・南房総で子どもたちに食育を

東京から2時間ほどでアクセスできるリゾート地、房総半島。新宿からバスに乗り、館山駅に到着すると、シャキッとそびえ立つヤシの木が目に飛び込んできた。訪れた日は1月にしては暖かい気温であったが、日が陰ると空気はひんやりとする。冬の澄んだ空に向かって伸びるヤシの木が、心なしか心身を温めてくれたように感じられた。
しばらくすると車で現れたのが、今回の南房総市での取材に協力してくれた下羽秀平さんである。地元でスポーツクラブを経営しているだけあって、終始さわやかな表情で迎えてくれた。

今年の冬は暖かく、花が開くのが早かったと下羽さんは話す
まず案内をお願いしたのは、下羽さんが代表を務める株式会社One Allで管理している食用の菜花畑だ。ここでは、JAに出荷する菜花の生産に加え、子どもたちを対象にした収穫体験も提供している。
もともとはスポーツクラブの運営から始まった下羽さんの事業だが、クラブに通う子どもたちと接するうちに、食育への関心が高まっていったという。そうした思いから、今からおよそ4年前に、この菜花畑での取り組みを始めた。
現在は、地域の子どもたちや観光で訪れる人に向けて収穫体験を行っている。実際に体験した子どもや保護者からは、「菜花は収穫が簡単で、たくさん採れるので楽しい」といった声や、「親子のコミュニケーションが取りやすい」といったポジティブな感想が寄せられているという。
「自然豊かな地域ではあるが、子どもたちが土に触れる機会は減っている」と下羽さんは話す。こうした収穫体験が、子どもと自然をつなぐ役割を果たしていることに、確かな手応えを感じている様子であった。

取材当日は、千葉県在住の親子にも収穫を体験してもらった。菜花を採るのはこの日が初めてだというが、ずっとニコニコ顔で、楽しそうに菜花をもいでいた。ハサミなどの刃物を使わずに収穫できるため、小さな子どもでも安心して体験できる点も魅力の一つ。

菜花は現在、大手コンビニエンスストアや飲食店など、卸先も広がりを見せているという。新たな展開も画策中だといい、事業としてさらなる成長を目指していく考えだ。
農業は決して甘い世界ではないが、下羽さんの言葉の端々からは、この取り組みに対するこれまでの積み重ねと、将来を見据えた構想が感じられた。
*今年の体験枠は申し込み終了。来年度はOne Allホームページを確認
地元を出た若者が、Uターンするきっかけづくり

下羽秀平さん
南房総市で生まれ育った下羽さんは、地元に根付いた企業を経営する父親の背中を見て育ったという。地元の高校を卒業後、東京のスポーツ関連の専門学校に進学し、そのままスポーツトレーナーとして東京で働いていた。就職から2年後に地元へUターンし、保育所で子どもたちにスポーツを教える仕事に携わったのち、27歳で独立を果たしている。
「都会よりも田舎のほうがチャンスはある」と下羽さんは語る。地域の人口減少を肌で感じながらも、スポーツクラブの対象をシニア層まで広げることで、地元にある大手スポーツクラブにも引けを取らない規模の会員を獲得してきたという。
また、同スポーツクラブには15社ほどのスポンサー企業と年間契約を結んでいる。子どもたちのスポーツ大会では地元スポンサー企業に協力してもらうことで、地域にどのような仕事があるのかを子どもたちに伝える機会もつくってきた。将来、「地元にはこんな仕事があった」と思い出してもらい、それがUターンのきっかけにつながればと考えているそうだ。
南房総は海へのアクセスがよく、取材時にもサーフボードを抱えて歩くサーファーの姿が目に留まった。地域の活性化には観光業が欠かせないと下羽さんは話す。
下羽さんの会社でも、5月から9月にかけてSUP(サップ)体験を提供するなど、観光のニーズに応える取り組みを行っている。一般の利用者に加え、都内企業と契約し、福利厚生の一環としてSUP体験を提供しているという。
南房総エリアの特徴として、地元企業同士で助け合う風土があることも、下羽さんは挙げる。今後は、さらに雇用を生み、地域の中で人が循環する仕組みをつくっていきたいという。こうした土壌があるからこそ、この地では新しい挑戦も生まれているのかもしれない。
じつは南房総に馴染み深い“サトウキビ”の栽培

続いて案内してもらったのは、ラム酒製造のためのサトウキビを栽培している畑である。そこで出迎えてくれたのが、ペナシュール房総株式会社の三瓶幸雄さんだ。
南国のイメージが強いサトウキビは、日本では主に沖縄県や鹿児島県が産地として知られている。そのため、千葉県で栽培されていると聞くと意外に感じる。しかし、話を聞いてみると、その印象は大きく変わった。
南房総は一年を通して温暖な気候に恵まれており、海沿いは無霜地帯で、地面に霜が降りることはほとんどないという。こうした環境がサトウキビの生育に適しており、関東圏の中でも、特に栽培に向いた地域だと三瓶さんは話す。

三瓶幸雄さん
およそ4年前から畑を借りてサトウキビの栽培を始めると、地域の高齢者からは「懐かしい」という声が聞かれるようになったという。戦後まもない頃には、多くの家庭でサトウキビが植えられ、何らかの加工を施しておやつ代わりにしていた時代があったそうだ。
明確な記録としては残っていないものの、口伝として語り継がれてきた話からも、サトウキビがこの地域にとって身近な食物であったことがうかがえる。
南房総生まれのこだわりのラム酒
ラム酒の蒸留とサトウキビ栽培を始めたのは、会社代表による発案だったという。代表は、長年地元で愛されてきた寿司割烹店の三代目として店に立つ一方、本格的なバースペースを設け、そこで「地元産のラム酒をつくれたら面白いのではないか」という構想を語り合っていたそうだ。そうした流れのなかで縁が生まれ、サトウキビ栽培に乗り出すことになったという。
三瓶さんは、生まれも育ちも南房総である。これまで地元で介護職などに就いてきたが、ラム酒製造の話をきっかけに、この取り組みに参加するようになった。サトウキビは農薬や化学肥料を使わずに栽培することにこだわっており、夏場に手作業で行う雑草刈りは、かなりの重労働になるという。
収穫期は12月から3月頃までで、その期間中は収穫体験も受け入れている。取材時、体験をお願いすると、三瓶さんは快く収穫用のオノを手渡してくれた。

まずは三瓶さんの手本を見ると、数回オノを振るだけで、いとも簡単にサトウキビが切れていく。しかし実際に挑戦してみると、想像以上に繊維が強く、1本切るのにも思いのほか時間を要した。沖縄や九州まで足を運ばずともサトウキビの収穫を体験できる点が、好評を集めている理由の一つのようだ。

サトウキビをしぼる機械
収穫したサトウキビは、畑の近くにある小屋でジュースに搾られ、そのまま樽に移されて発酵させる。その後、畑から車で10分ほど離れた山間部にある蒸留所へ運ばれ、ラム酒の製造工程に入っていく。収穫から完成品になるまでには、およそ3カ月を要するという。
こうして出来上がった「BOSO Rhum」は、主にオンラインを通じて販売されている。

お昼に連れて行っていただいた海沿いの道の駅で海鮮丼を味わいながら、房総半島らしい風景を改めて実感した。海産物のイメージは、確かにこの土地を象徴している。
しかしその一方で、畑に立ち、自然と向き合いながら新たな事業を形にしようとする人たちがいる。雨量や暖冬といった条件さえも受け止めながら、土地に根ざした価値をつくり出していく姿が、この地域の奥行きを物語っていた。
(取材・執筆・撮影:PHPオンライン編集部 片平奈々子)






