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豪華な料理より「精神性」 訪日客が日本の旅館に求めている、言葉を超えた“一期一会”

鈴木良成(株式会社ホテルはまのゆ代表取締役)

2026年04月07日 公開

豪華な料理より「精神性」 訪日客が日本の旅館に求めている、言葉を超えた“一期一会”

旅館「浜の湯」の代表取締役社長を務める鈴木良成さん。観光の主役が「モノ」から「体験」へと変化する中、鈴木さんは本物の日本文化を伝える場として、茶室「ZEN」を新設されました。バブル期の遺物と化した「形だけの文化」を排し、人間国宝の道具や立礼式を取り入れ、一期一会の精神を体現されています。

本稿では、言葉を超えて訪日客の心を掴むおもてなしの本質について語っていただきました。

 

なぜ今、日本文化が求められるのか?

かつての観光は、豪華な建物や贅沢な料理といった「モノ」の消費が中心でした。

しかし今、訪日外国人客が日本に求めているのは、目に見える豪華さよりも、その背景にある日本の精神性や美学に触れる「体験」へと明確にシフトしています。

そんな中、私は、自身の経営する旅館“浜の湯”でも訪日外国人に日本文化を体験してもらえるような場所を造りたいと考えました。

そうして誕生したのが、外国の方でもより茶道を簡単に楽しむことができる茶室「ZEN」です。

この茶室「ZEN」を構想した根底には、旅館こそが日本文化の正統な伝承者であるべきだという危機感に近い信念もありました。

バブル期、多くの宿に形ばかりの茶室が作られましたが、その多くは今や物置と化して使用されていません。

私はそうした「形だけの文化」ではなく、対価をいただくに相応しい、研ぎ澄まされた「本物の茶室」を体験してもらいたいと考えました。

この茶室を、あえてお客様が必ず通るエレベーターホールのすぐ横に、ガラス張りの開放的な設計で配置したのも、文化を特別な誰かのためのものではなく、日常の延長線上で「魅せる」ためです。

こうした開放的な設計を採用したのは、この茶室を敷居が高い存在としてではなく、国内外のお客様問わず、より身近に日常風景として感じていただくためです。

そして、実際に運用を始めて気づかされたのは、日本のお客様の反応でした。

この茶室は想像よりもずっと国内のお客様に評判で、現在では茶室の利用者の半数以上が日本のお客様です。

日本文化をより身近に、そして静寂に浸る時間を、想像以上に多くの日本人のお客様も求めていたのです。

忙しない日常の中で、五感を研ぎ澄ます「体験」は、今や最大の贅沢となりつつあります。

 

訪日客に感心される日本の伝統文化――「総合芸術」としての茶の湯

茶道は単に抹茶を飲む作法ではありません。

それは建築、美術、工芸、そして相手を慮る精神が融合した「総合芸術」です。
茶室を運営する中で、亭主(お茶を点てる者)から受ける報告には、経営者としても多くの学びや気づきが含まれていました。

私たちは、茶道具一つにしても一切の妥協を怠りません。

釜は人間国宝の手によるもの、茶碗は裏千家御用達の名工や歴代の作家による名品を揃えています。

驚くべきは、こうした「本物の道具」が放つ力が、言葉を超えてお客様に伝わる点です。誕生日や結婚記念日といった節目のお客様には、夫婦円満を象徴する「貝合わせ」の模様や、長寿を祝う「鶴亀松」の茶碗を選んでお出しします。

こうした設え(しつらえ)の背景を丁寧に伝えると、文化背景の異なる訪日客であっても、その「心遣い」に深く感銘を受け、場に心地よい緊張感と安らぎが生まれます。

実際に、亭主からは中国からの訪日外国人観光客の方で、中国のお茶に詳しいお客様が日本と中国の茶道の違いや日本の茶室の在り方について感動されていたとのお話も伺っています。

亭主自身も、お客様にかしこまって茶室体験を受けていただくというよりもリラックスして体験していただけるように、親しみやすく話すことや会話に緩急をつけて話すことを意識しています。

こうした伝統文化を通しての交流や、茶室という場での居心地の良さを体験してもらうことこそがおもてなしになるのではないかと亭主も私も考えます。

また、訪日外国人観光客の方々は正座というスタイルに慣れていません。

そのため、正座による身体的な負担を避け、椅子に座る「立礼式」を採用したことも大きな鍵でした。
これにより、身体の痛みを気にすることなく、亭主の所作の美しさや、空間に満ちるお香の香り、釜の煮える音に集中し、日本文化の品格に没入できる環境が整ったのです。

 

文化的体験がもたらす価値――「一期一会」という経営資源

また、茶室「ZEN」での体験は各回約25分間となっています。

そして、多くのお客様が宿に到着されたばかりのチェックイン頃の時間帯、もしくはチェックアウト直前での時間帯で茶室体験を希望されます。

そのため、茶室での体験は、宿泊客にとって旅の「第一印象」を決定づけ、あるいは「最後を締めくくる記憶」となります。

この短い時間の中でも、お客様が亭主に対して「先生」と敬意を込めて呼んでくださるような、深い信頼関係が築かれることがあります。

これは、旅館におけるおもてなしが、単なる「マニュアル化された接客」から、プロフェッショナルな知識と技術に基づいた「一期一会の歓待」へと昇華した瞬間です。

私たちが訪日客に真に伝えたいのは、単なる作法の知識ではなく、言葉に頼らずとも相手を思いやり、準備を尽くすという、日本のおもてなしの本質なのです。

そして、この茶室という総合芸術の場を通して、より日本の文化に興味を持っていただけたらと感じています。

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