第60回吉川英治文化賞の贈呈式が開催されました。本賞は、日本文化の向上につくし、讃えられるべき業績をあげながらも、報われることの少ない人、あるいは団体に贈られる名誉ある賞です。今回、重度障害者の意思疎通を支援する視線入力技術「EyeMoT(アイモット)」の開発と普及に尽力した、岩手県立大学ソフトウェア情報学部講師の伊藤史人さんが受賞しました。
意思がないと思われてしまう人々に、言葉を取り戻す 田中優子さんによる選評

選考委員を務めた田中優子さんは、「私たちが報道などで目にすることの少ない事実を、この文化賞を通じて知るようになりました。この賞を差し上げることで、より多くの方がその業績を知ることは非常に大事なことだと考えています」と、賞の意義を強調しました。
今回受賞した伊藤史人さんの業績については、視線入力技術と訓練用ソフト「EyeMoT(アイモット)」の開発を紹介しました。ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脊髄性筋萎縮症など、声を発したり体を動かしたりすることが難しい重度障害者が、目の動きだけでパソコンを操作できる技術です。
「重度の障害がある方は、自ら意思を表明することが難しいため、周囲から『意思がないのではないか』と思われてしまうことがあります。しかし、この技術によって、何を感じ、何を考えているかを外に知らせることができる。これは重大なことです」と、その社会的価値を述べました。
さらに、この技術が障害者支援にとどまらず、「これは障害者支援だけでなく、これからの高齢化社会においても非常に重要な開発です」と祝辞を贈りました。
ネット空間では障害が「見えなくなる」

受賞の挨拶に立った伊藤史人さんは、自身の活動の原点となった、ある「衝撃的な出会い」から語り始めました。
それは1990年代半ば、伊藤さんが岩手の大学に通っていた頃のことです。パソコン愛好家だった伊藤さんは、インターネットを通じて知り合った人物と意気投合し、メールを重ねていました。
「何度かメールをやり取りして意気投合し、いざ食事に行きましょうと会ってみたら、その方はなんと全盲だったんです」
メールをしていた最中は、相手が全盲であることに全く気づかなかった。その事実が、当時の伊藤さんに強い衝撃を与えました。「今思えば変換が少し変だったり、改行がやけにきっちりしていたりという点はありましたが、当時は分かりませんでした」と振り返ります。
「コンピューターとネットワークがあれば、その空間の中では重い障害があっても障害はなくなるんだ、と強く思ったのです」
この原体験が、のちの視線入力技術の開発へと繋がっていきます。伊藤さんが現在取り組んでいるのは、全身が動かず意思疎通が困難な重度障害児・者の「わかっている」という事実を明らかにすることです。
「視線入力によって『こんなこともわかっているんだ』と判明すると、周囲は希望を持ち、『じゃあ、こんなこともやってみよう!』と結果として子供を取り巻く環境が良くなっていくのです」
一方で、こうした活動は「研究にも、産業にもなりにくい」と厳しい現実についても率直に述べました。
スピーチの締めくくりに、伊藤さんはアニメ映画『この世界の片隅に』を引用しました。戦時中を懸命に生きる女性を主人公にした作品です。物語の終盤、主人公は「この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう」と言います。
「まさに今、そのような気分です。この世界の片隅で活動している私を見つけてくださった皆様、そしてこれまで伴走してくれた皆様に、心から感謝します」と結び、会場は温かな拍手に包まれました。






