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アベノミクスを論じるよりも、強い日本を取り戻そう

日下公人(評論家/日本財団特別顧問)

2013年05月30日 公開 2022年10月13日 更新

《『「強い日本」を取り戻すためにいま必要なこと』まえがきより》

 アベノミクスに関心が集まっている。今後、デフレからインフレへの転換が起こると、そうした経済の変化に加えて民意の大変化も起こるだろう。だから本当は、それらを含めたアベノミクス論を聞きたいのだが、まだ誰も語っていないようである。話は景気回復、経済政策に限定されている。アメリカ伝来の経済政策論には民意や社会の変化は含まれていないから、マスコミも話を広げるのは難しいだろう。

 一方、安倍晋三首相は自分の新政策として、世界を舞台にした「強い日本を取り戻す」ことを掲げている。だが、マスコミは世界の新しい舞台に上がる用意がないようである。論じ慣れた昔からの景気論争を舞台に選んで、「安倍首相の景気対策は?」と問うだけである。「民意の大転換」を読み込んだ経済学はないし、政治学者も政治家もいない。安倍首相も“まだ”言わない。それでも株は上がり、円は安くなったから、もう効果はあがっていると笑う。

 このようなアベノミクス論は、糸が切れたタコの行方を論じるようなものである。マスコミは自分の意見がないので、諸外国の評判を集めて、なるべく日本を叱ったり嘲笑したりするものを探すが、取り上げる価値があるものはない。

 ないのも道理で、仮にアベノミクスのことを「金融出動+財政出動+成長戦略」のことだとすれば、それは世界の先進国が全部やっているか、または言っているが、効果がわからないことばかりだからである。

 このことを心あるアメリカの経済学者は反省して、「われわれはこの何十年間、単にフィッシャーの貨幣数量説の周りを回っていただけだ」と言っている。とくに、アベノミクスと称されるものに欠けているのは、3番目の成長戦略である。

 もし私か書くなら、成長戦略にはまず「民間出動」と書く。このことさえ言えれば、財政出動や金融出動はあってもなくてもよい。いやむしろ、ないほうがよい。民間出動が一番であることは、およそ経済に関係したことがある人なら、誰でもわかることだと思うが、大きくなった政府に巻き込まれて政府依存症になった人は、残念なことに、そのことを失念してしまっている。

 2013年2月28日、安倍晋三首相は衆参本会議で、第二次政権発足後初となる施政方針演説を行った。その紹介は冒頭部分にとどめておく。全文はぜひ、それぞれが新聞や官邸ホームページ、インターネットで探して、じっくりと読んでもらいたい。
 

 「強い日本」。それを創るのは、他の誰でもありません。私たち自身です。
 「一身独立して一国独立する」
 私たち自身が、誰かに寄り掛かる心を捨て、それぞれの持ち場で、自ら運命を切り拓こうという意志を持たない限り、私たちの未来は開けません。 

全文:首相官邸ホームページ>

 マスコミがアベノミクスと称して取り上げた3本の矢は、経済政策に偏ったもので、しかも3本目の成長戦略に説得力がまったくなかった。施政方針演説ではiPS細胞を利用した再生医療・創薬」「クール・ジャパン」「環境技術」などが登場したが、マスコミからこれらについての吟味や批判はまだなされていない。当面の景気回復や雇用促進に有効であるとは思っていないからなのか、それとも将来についてはまだ勉強していないからなのか。

 安倍首相はオクターブを上げて「世界中の研究者が日本に集まるような環境を整備します」と言った。どんなイノベーションや新産業が生まれるのか興味は尽きないが、この部分についても、マスコミからの発言は聞こえてこない。かつて、森喜朗首相がIT革命について「ホワット・イズ・イット」と言ったときは笑い者にし、その後、「5000億円の予算がつく」と、たちまち全官庁、全学者、全マスコミが掌を返してIT革命礼賛論者になったのを思い出す。

 安倍首相はさらにいくつかの例を挙げたうえで、「いまこそ世界一を目指そう」と壇上で手を挙げた。同感である。そう言える時が来ている。

 またマスコミはTPPへの参加・不参加を政治の大きな課題であるとしたが、首相はそのことに構わず「農業を(現状の倍の)1兆円の輸出産業にしよう」と言った。中国人は日本メーカーの炊飯器を買って、「コメは魚沼産のコシヒカリに限る」と言い、台湾人は「お土産や祝いの席には青森産の大玉リンゴが一番」と言っているから、農業界にとって実現可能な成長戦略である。だが、「民間資本が農業に入れるようにする」と続けたときの反応は鈍かった。早い話が農協潰しだから、農業ムラの人は貝になったのだ。

 しかし、いままでの「絶対反対!」や「補償金よこせ!」ではなく、形勢観望に変わったとすれば、農政改革はすでに半分成功したと言ってよい。

 “攻めの農業”が実現すれば、アメリカは自動車産業保護で受け身に変わるから、安倍首相が得意とする“攻めの外交”に転じる準備が整う。

 そもそも安倍首相の政策は、第一次政権発足時から続く「戦後レジーム(体制)の総決算」の一部なのである。そのことを踏まえて勉強し直さないと、報道も解説も将来展望も後手に回るに決まっている。

 そういう目で安倍首相の施政方針演説を冒頭から読み直せば、庶民はますます希望が湧いてくるし、家族、地域、国のために自分は何かできるかを考え、行動に移す勇気がますます湧いてくるのではないか。

 経済に偏った表層のアベノミクス論をむりやり論じても無意味で、自民党総裁選から一貫して掲げる「強い日本を取り戻す」ことを議論したいものである。
  


日下氏のこのような思いの元、ロナルド・モース氏(『月刊日本』2012年10月号に「私は『強い日本』を支持する」という記事を寄稿)、田久保忠衛氏(ストロングジャパン派を代表する論客)との鼎談が実現。「強い日本を取り戻すためにいま必要なこと」について熱い議論が交わされました。

やばいアメリカ、瓦解する中国を横目に、いかに強国・日本を取り戻すか? 
「強い日本を取り戻したいのであれば、アメリカのウィーク・ジャパン派と決別しなければならない」(モース氏)。
「日本人の憲法にしましょうというのは、軍国主義や右傾化とはまったく関係のない次元の問題」(田久保氏)。
「感性豊かな日本人には文化と芸術による平和解決がある」(日下氏)。

強い日本の“強さ”の中身も程度も方法論もそれぞれ違う3氏。さまざまな角度からなされた議論を、書籍『「強い日本」を取り戻すためにいま必要なこと』にまとめました。大変興味深い内容になっていますので、ぜひお読みください。

<書籍紹介>

「強い日本」を取り戻すためにいま必要なこと

日下公人/田久保忠衛/ロナルド・モース 著
体価格1,400円

日本人とアメリカ人は本当に分かりあえるのか? 日米を代表する論客3人が、アジアの平和・繁栄・幸福を守るための根本的施策を問う。

<著者紹介>

日下公人 (くさか・きみんど)
1930年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行取締役、ソフト化経済センター理事長、東京財団会長などを歴任し、現在は日本財団特別顧問、三谷産業監査役、原子力安全システム研究所最高顧問。
『日本と世界はこうなる』(ワック)、『日本既成権力者の崩壊』(李自社)、『思考力の磨き方』『日本精神の復活』(以上、PHP研究所)など著書多数。

田久保忠衛 (たくぼ・ただえ)  
1933年千葉県生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、時事通信社に入社。ハンブルク特派員、那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長、解説委員等を経て、1984年より杏林大学社会科学部教授。現在は同大学名誉教授。法学博士。96年第12回正論大賞受賞。
『ニクソンと対中国外交』(筑摩書房)、『戦略家ニクソン』(中央公論社)、『新しい日米同盟』(PHP新書)、『激流世界を生きて』(並木書房)など著書多数。

ロナルド・モース
1938年米国ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業。プリンストン大学大学院にて柳田国男と民俗学をテーマに博士号取得。国防総省戦略貿易チーム主任研究員、経済戦略研究所副理事長、メリーランド大学国際プロジェクト部長などを歴任。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授、麗澤大学国際経済学部教授も務めた。現在は三枝協取締役。
『「無条件勝利」のアメリカと日本の選択』(時事通信社)、『「見えない資産」の大国・日本』(日下公人、大塚文雄との共著、祥伝社)、『目をさませ、日米関係』(日下公人、星野高との共著、PHP研究所)など、共著を含め20冊以上の著書がある。

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