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チュニジア崩壊に戸惑う人びと

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2011年02月28日 公開 2022年08月17日 更新

チュニジア崩壊に戸惑う人びと

暴動が起きそうな気配はなかった

 この1月、チュニジアで数十年にわたり続いてきたベンアリ大統領の政権が一瞬にして崩壊し、世界を驚かせた。というのも……誰もチュニジアでそんな騒動が起きるとは思ってもいなかったからだ。

 チュニジアといえば北アフリカの、イタリア半島の真向かい、かつてのカルタゴだ。地中海に面して気候的にも素晴らしく、カルタゴ時代の遺跡からサハラ砂漠まで多種多様な環境を擁する美しい国だ。暗い話題ばかりのアフリカ諸国のなかで、ここは珍しく産業発展を遂げ、ヨーロッパからの投資も順調に増え、あらゆる投資評価レポートでアフリカトップクラスの評価を得ていた国だった。政治的にも安定し、イスラム教団が幅を利かせるようなこともなく、投資の手続きもかなりスムーズ。まったく暴動なんか起きそうな気配はなかった。

 むろん、失業問題はあった。今回の暴動の発端は、大卒で就職先が見つからずに八百屋をやっていた若者が焼身自殺したことだったという。でも、失業が周辺諸国などと比べて極端にひどいというわけじゃなかった。それどころか、政府はここ10年ほど、とても積極的な外資誘致を通じてとくに高学歴者向けの職づくりを強力に推進していた。事態は改善していたし、いまここで政府を転覆させたら状況はかえって悪化するとわかるくらいの智恵はみんなあるはずなのだ。

 こう述べると、「だが発展する経済の陰では独裁政権の弾圧と腐敗に対する人びとの不満が鬱積していた」といわれるのが通例だし、多くの報道もそんな論調ではある。たしかに、数十年にわたる独裁のなかで言論弾圧はかなり強力だったし、大統領一家の身内びいきはあった。あらゆる店やオフィスには大統領の肖像が飾られ、「飾っていないと親衛隊がやってきて難癖をつけるのだ」と出会った人も愚痴は述べていた。ネットも当然検閲され、新聞も反政府的なことは書けなかった。反大統領派はかなりひどい目に遭うというのも知られていた。

 こう書くとずいぶん暗い恐怖社会をイメージするかもしれない。でも……それがそんなにひどいわけではなかった。各種の人権団体やビジネス団体の報告をみても、たしかに問題は指摘されつつも、全体としてはかなり高い評価のものばかりだった。

 つまり、経済的にみても政治的にみても、こんな暴動が突然起き、そしてそれにより数十年にわたる安定政権があっさり崩壊するなどというシナリオにつながりそうな要因は、全然みられなかったのだ。

後づけの説明すらつかない状況

 多くの世界メディアは、これをどう説明したものか戸惑っている。ツイッターやフェイスブックで暴動情報が流れたためなどという、流行りに便乗しただけの軽薄な報道もたくさんあった。ウィキリークスで大統領一家の汚職が暴かれたから、なんていう議論もある。でも、ツイッターで「デモだ!」というだけで、何も不満がない人が動くわけがない。それに大統領一家の汚職くらいみんな知っていたし、それが極度にひどかったわけではないのもすでに述べたとおり。

 説明に困って、へんな話を創作してしまうメディアや識者も多い。あるイギリスの新聞は、マクドナルドが合弁でないとダメといわれてチュニジア進出を断念したことを指して、大統領一家の汚職が投資に影響し、それが失業を生み出した、というシナリオで記事を書いていた。が、これはチュニジアの産業政策を知らないだけだ。チュニジアは輸出産業にはものすごく優遇措置を与えた。でもチュニジア内需を当て込んだ企業の投資は、国内産業保護のため必ず合弁を要求した。それは明記された方針であって、汚職や腐敗の証拠などではない。むしろよく頑張ったと思う。他の国なら、天下のマクドナルドが工作すればすぐ裏口を用意しそうなもんだ。

 というわけで結局のところ、暴動が起こり政府が転覆してから2週間たったいまでも、原因ははっきりわからないとしかいいようがないのだ。そして報道をみると、チュニジアをこれまでもきちんとみてきた信頼できるところほど明確に戸惑いを表明し、いい加減なところほど利いたふうな断言をしているという、これまたよじれた状況がみられる。

 ここで何か、ずばり事態の核心を突く鋭い状況分析が提供できればと思う。でも、そんなものは誰ももっていない。この現代にあってなお、後づけの説明すらつかない状況で、確立した中進国が一瞬で崩壊してしまうという事態をみると、社会というのが堅牢にみえて、妙にはかない基盤に立っているのだということを痛感させられるばかりだ。

 チュニジアの政局はその後、混乱を極めている。むろん投資は冷え込み、人びとをとりまく環境は厳しいものとなる。今年の末に、彼らはいまの革命をどんな思いで振り返るだろうか。

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