初対面で拒絶された私が、人気No.1キャストからCHANELをもらうまで
2026年10月13日 公開
世の中は顔かもしれない―そんなルッキズムの現実を認めつつ、傷ついた記憶の奥にある温かな優しさに光を当てます。高校時代のバイト体験や葛藤を経て、見た目を超えて深く愛されるために必要な「人間性」について語る、自分らしく生きるためのエッセイです。
※本稿は、曽和美佑著『世の中、顔か?』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
世の中、顔かもしれないけれど
正直に言う。世の中は、顔である。
厳密に言うと、顔が影響する場面は、確かに存在する。それは、逃れようのない現実だ。
あなただって無意識のうちに、顔を見て「いいな」と判断してしまうことがあるだろう。
だから安易にルッキズムを否定して、反論することなんてできない。
ただ、世の中は顔だけでもない。
問いかけてみてほしい。
あなたはそのままのあなたで、誰かに優しくされたことはなかっただろうか?
正しく評価されたり受け入れられた瞬間が、一度もなかったのだろうか?
そんなことはないと思う。
ありのままの自分に向けられた優しさを受け取った記憶を、決して忘れてはいけない。
傷ついた経験ばかりに気をとられがちだが、かつて誰かがくれた温かい記憶まで、負の感情によって都合よく鈍感になってはいけないのだ。
嫌われ者の私が、CHANELのリップをもらうまで
綺麗なお姉さんに拒絶される
書いていいのか迷うけれど、高校生の頃、キャバクラでアルバイトをしていた。キャストとしてではない。ボーイ(裏方)の役割としてだ。
お酒を作ったり、掃除をしたり、待っているお客様の相手をする。たまにヘルプとして卓につくこともあった。
とにかく自由に使えるお金がほしかったし、東京への上京資金も貯めたかった。
ちなみに当時の私はアルバイトを3つ掛け持ちしており、学校が終わるとまず、スーパーかファミレスで働いた。
そして深夜になるとキャバクラに行き、朝の4時まで働く生活をしていた。
夜の街で働き始めた、可愛くもなければ痩せてもいない、ただ元気だけが取り柄の女子高生。
そんな私は、綺麗なキャストのお姉さんたちに、死ぬほど嫌われていた。
肌でも感じ取れるくらい、拒絶されているのが目に見えてわかった。
「どうせすぐやめる」と思われていただろうし、「なんでこんな子がこの店で働いているんだろう」と疑問に思っていたと思う。
まあ、その感情は正解だ。仕方がない。
ただ、私はお金が必要だっただけなので、嫌われるとか好かれるとか、そんなことを気にしている暇はない。
それに一生懸命働いていたら、いつか好かれる日が必ず来る。それだけは、経験から確信していた。
なぜなら私は、愛される人間性を持ち合わせているから。
いつもそうだった。
中学でも高校でも、入学早々なぜか先輩たちに目をつけられ、嫌われる。
幼少期の環境のせいか、私は「他人にどう思われるか」を考えて行動したり、「こうしたほうがいい」と空気を読んで立ち回る能力が、決定的に欠けていた。
そのため先輩たちには生意気にうつり、「なんだこいつ」と思われてしまう。
先輩だけではない。
体力テストではみんなが友達と一緒に測定を回る中、私は1人で行動した。
みんなが机を引っ付けてお弁当を食べる中、私は1人で食べた。
授業中、鼻水が止まらなければティッシュを鼻に詰めたまま過ごすし、授業が面倒くさくなれば、1人で抜け出して寝たりもしていた。
私がそのままでいることは、「可哀想」だとか、「変わっている」とか、「逆にすごい」という評価につながるということは、高校生になってから知った。
校内の変な奴として有名に
高校時代、途中でやめてしまったけれど、バトントワリング部に所属していた時期がある。
文化祭だったか、全校生徒の前で踊った時のこと。
1人だけ太っていて、「ブス」がいるということで、目立っていたらしい。
終わったあと、全く知らない男の先輩たちが、わざわざ私の教室まで「顔を確認しに」やってきた。
イケメンや美女がいて、教室に他の生徒が見に来るというシチュエーションは知っている。
しかし、「ブスが気になって見にくる」というのは、新しいものだった。
バトントワリング部には、誰が見ても可愛い女の子しかいなかった。
みんなセーラー服のスカートの丈はミニ。足元はルーズソックスを履いて、息を合わせて踊る。
確かにそんな中で、太い足を出してミニスカートで踊っている人がいたら、気になるのかもしれない。おまけに踊ることも、リズムを取ることすらも苦手。
自分には全然合ってないって、わかっていた。
それでもどうしても、あの衣装を着て踊るバトントワリング部の先輩たちに憧れていた。
私も彼女たちになりたかったのだ。
ただそれだけなのに、私は一躍「校内の変な奴」として有名になってしまった。
それ以来、学食や校内ですれ違うたび、見ず知らずの男の先輩に絡まれるようになった。
気づけばみんな友達
私が「変な奴」ということは、否定しない。
けれど私は「いい奴」でもある。
無駄に絡まれるのはたまに困ったが、せっかく私と話すのなら、「ブス」だけで終わらせないでほしい。
だから私は絡んできた人たちにへりくだることもなかったし、年上だからと気を遣うこともなかった。対等に、普通に話をしていた。
私は、絡んでくるお前が一緒にいる友達と、何も変わらない。
そうやって接しているうちに、いつの間にか彼らと仲良くなり、気づけばみんな友達になっていた。
こういう経験が、学生時代から何度もあった。
だから、キャバクラのアルバイトで嫌われても、「大丈夫」と思えたのだ。
いずれ、好かれるときが来る。
意地悪してきたお姉さんが
キャバクラでは、慣れない環境の中で朝の4時まで働き続けた。
目的が明確にあれば、お金のためなら、頑張れた。
そうやって、少しずつお客様やキャストのお姉さんたちとコミュニケーションを取るようになった。
すると彼女たちも、私が「ただのブス」ではないことがわかったらしい。どんどん仲良くなっていった。
18歳の誕生日のことを、今でもよく覚えている。
深夜0時ぴったりのタイミングで、ケーキが出てきた。
そしてキャストのお姉さんたちが、みんなで盛大に祝ってくれた。
そして出会った頃、私に意地悪してきた人気NO1のお姉さんが、CHANELのリップをくれた。
あれが、私の初めてのCHANELだった。
結局は人間性
やることをちゃんとやっていれば、そしてこの人間性があれば、私は大事にされること、そして愛されることを知っている。
私は、元々人が好きだ。
だから初対面でどれだけ不当な扱いをされたとしても、みんな最後は私のことを好きになると思っている。
最初の扱いをなかったことにするつもりもないけれど。
もし好きにならなかったとしても、それは私とは「合わなかった」だけの話。
それは私が他人のことを過度に気にせず、自由に生きられている証明でもある。
結局のところ、長くて深い関係性を築いていくために必要なのは、顔ではなく、圧倒的に人間性なのだ。
そのままの自分を生きたい。
そしてどれだけ傷ついても、自分から人を愛していける人間でいたい。
だって誰かを愛したり、愛されたりするのは、何物にも代え難い、楽しいことだから。
ただ、それだけだ。









