
30年間に渡り、ホスピス病棟(治療が難しいと診断された末期がんの患者さんを専門に関わる病棟)で働く小澤竹俊さんは、4000人以上の患者さんとのお別れを経験され、「たとえどんな人生であったとしても、人は幸せになれる」ということを学んだといいます。
本稿では、「早くこの世から消え去りたい」と希望された50代女性の方のお話を伺います。
※本稿は、小澤竹俊著『だから、あなたも幸せになれる』(大和出版)を一部抜粋・編集したものです。
一人でがんばらないこと
人生の苦しみの中で、誰かに迷惑をかけることを苦に感じる人はかなり多いと思います。
繁忙期でありながら、親が急に入院したため、休みを取らないといけなかったり、子どもが熱を出して保育園に預けることができずに仕事に行けなかったりすることがあります。
頭の中では、皆が困っている様子が浮かびます。しかし、実際には仕事に行くことができません。すると心の中で、迷惑をかけているとの気持ちが芽生えます。
医師として永年、患者さんや家族と関わってきた経験から、誰かに迷惑をかける苦しみは、数ある苦しみの中でも最上位にランクする苦しみであると感じています。
なぜ迷惑をかけることが最も大きな苦しみ?
自分自身の苦しみであれば、ある程度我慢すればよいと考えている人がいます。たとえば歯が少し痛くても、歯医者には行きたくないと考える人は少なくありません。風邪を引いても、2〜3日我慢してやりすごせば良いと考える人もいます。
自分自身の苦しみは、自分で我慢すれば良いと思えると耐えることができると考える人がいます。
ところが自分の過失が原因で、誰かを苦しめていると感じたとき、心に与える負担はまったく異なります。仕事上の失敗で、相手先に迷惑をかけてしまったり、自分の判断ミスで、会社に損失を与えてしまったりすることがあります。
そのときの自責の念は、耐えがたい心の苦しみとして、その後の人生に深く影響を与えることがあります。
アルバイト先で、商品を間違えてお客さんに手渡してしまうことがあります。できあがった料理を運んでいる途中で誤って落としてしまうこともあります。必ず持参しなければ得意先が困る書類を忘れてしまうこともあります。
事実だけをみれば、とても小さなことかもしれません。ていねいに謝り、最善を尽くすことで、済むことかもしれません。
しかし、周囲は小さなことと思っていても、本人にとっては、人生が終わってしまうほどの苦しみと感じることがあります。自分自身の苦しみと異なり、相手に迷惑をかけるという現実は、本人にとって耐えがたい苦しみとして、心の重荷になっていきます。
迷惑をかける苦しみとの向き合い方
迷惑をかける苦しみを乗り越える方法があります。
それは、誰かにゆだねることです。自分一人ですべての責任を担うのは、とても苦しく、耐えがたいと感じていても、心から信頼できる誰かにゆだねても良いと思えたならば、見える世界は変わります。
私が担当していた患者さんから頂いた詩があります。
50代の女性でした。独り暮らしでしたが、仕事をして自立していました。
しかし、進行がんのため、やがて仕事に就くことができなくなりました。
社会保障の制度があるため、最低限の生活を送ることはできました。しかし、彼女は、あまり長く生きていたいとは思っていませんでした。周りの人に迷惑をかけたくないと思っていたからです。
私が主治医としてご自宅におうかがいしたとき、彼女の希望は、「早くこの世から消え去りたい」でした。私がどれほど心を込めて関わったとしても、その気持ちは変わりませんでした。
ある日、一つのお願いをしました。
この病気になって気づいたこと、学んだことを、これから社会に出る若い子どもたちにメッセージを送ってくれませんか?
彼女は一晩考えて、次の詩を私に送ってくれました。
病がくれた勇気/カラー
苦しみは、一人でがんばらなければいけないと思い込んでいた。
わたしの目に映る景色はモノクロだった。
でも、ある日、ほんの少しの〝勇気という一歩〞を踏み出すことで、
あたたかな手を差しのべてくれる人たちがこんなにも
たくさんいることに気がついた。
その瞬間、わたしの目に映る景色に色がついた。
わたしが、あなたが生きているこの世界は、
明るく・あたたかく・無限に優しい。
だから、一人でがんばらないで。
声にだして仲間を呼ぼう。
ほんの少しの勇気をだして。
この世界が七色に輝きだすから。
Nana
私は、SNSでこの詩を紹介しました。すると多くの人から反響と感想が寄せられました。彼女は、その様子を見て、満面の笑みで幸せそうな表情を見せてくれました。誰かの役に立ったのではありません。自分のことを認めてくれる誰かの存在がうれしかったのです。
一人でがんばらないで
あなたは一人でがんばっていませんか? 周りの人に迷惑をかけないようにと、一人で苦しみを背負っていませんか? 一人でがんばらないといけないと思っているときは、世の中は、モノクロの世界に見えるかもしれません。
少しの勇気を持って誰かにゆだねてみませんか? 決して人生をあきらめるのではありません。大切なことは、人生の目的は幸せになることです。
一人で背負う責任も大切ですが、ゆだねてもよいことを探してみませんか?
誰かの負担になることは、心の重荷かもしれません。しかし、発想を変えてみましょう。ゆだねることができる人は、幸せ探しの上手な人です。
きっとあなたにもできますよ。