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認知症を怖がらなくていい? 医師が語る「最期まで穏やかに生きる」考え方

小笠原文雄(医学博士/浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職)

2026年09月29日 公開 2026年09月29日 更新

認知症を怖がらなくていい? 医師が語る「最期まで穏やかに生きる」考え方

「認知症になったら家族に迷惑をかけるのではないか」「自分が自分でなくなってしまうのではないか」...そんな不安を抱く人は少なくありません。

しかし、医師であり僧侶でもある小笠原文雄さんは、「認知症を特別に怖がる必要はない」と語ります。なぜ、そう考えるのでしょうか。書籍『笑って大往生できる人できない人』より、小笠原さんが認知症について語った一節を紹介します。

※本稿は、小笠原文雄著『笑って大往生できる人できない人』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

認知症になっても施設に入らず自宅で過ごせる

「認知症になったら、人生おしまい」
「何もわからなくなって、自分が自分じゃなくなるのは怖い」
「家族に迷惑をかけるくらいなら、死んだほうがマシだ」

このように、認知症を否定的に捉えている人は多いのではないでしょうか。また、認知症を防ごうとして、"予防効果のある"とうたわれている食品や健康法を熱心に取り入れるケースもあるといいます。

どうやら、認知症に対する知識が少ないために、不安ばかりが募っているようです。

最初に強調しておきたいのは、医療・看護・介護の3点セットで支えれば、認知症になってからも家族や周囲の人に迷惑をかけることもなく、施設に入る必要もなく、自分の家で暮らせる人が多いことです。

認知症で徘徊したり、暴言を吐いたり、暴力を振るったりするような、周りの人を困らせてしまう症状が現れるのは、1割程度です。

こうした症状で、最も多いのが徘徊です。徘徊には「車や電車にひかれるから危険」というイメージがありますが、実際は違います。私が見た例では、認知症の女性が道路脇にしゃがみこんで、車が走る様子をじっと眺めていました。その表情から、「車は危ないから近づかないでおこう」と思っていることが伝わってきました。認知症でも、人間にとって根源的な防衛本能が働くのでしょう。徘徊は散歩やハイキングだと思い、見守ってほしいものです。

まれなケースとして、踏切や駅構内に入った認知症の患者さんが、列車にはねられることがあります。2007年に、91歳の男性が、徘徊中に列車にはねられて死亡した事故がありました。

この事故で、鉄道会社は遺族に損害賠償を求めました。私は社長の携帯に「日本では認知症の人にも家で暮らしてもらおうとしているのに、裁判を起こすとは何事だ。取り下げてほしい」とメールしました。

結局、2016年に、「妻と長男は監督義務者に当たらず、賠償責任はない」と最高裁判所が結論づけ、鉄道会社の敗訴が確定しました。

「認知症患者の鉄道事故は、家族の責任なのか」が問われた裁判なので、大きく報道されましたが、徘徊して鉄道事故を起こすケースは極めて少数です。そして、最高裁判所の判決からもわかるように、「家族だけに責任を負わせない」「無理を強いない」というのが、現実的な考え方になっています。

ですから、認知症を特別に怖がる必要はありません。

 

自分らしさはいつまでも残る

不安が強い患者さんに、私は「どうせ不安になるなら、訪問看護師さんのふあん(ファン)になってください」と伝えています。すると、患者さんはニコッと笑います。笑ったり、誰かのファンになったりすれば、その人に会えただけで心が暖かくなるので、不安など吹き飛んでしまうのです。 

また、暴言や暴力といった症状は、ストレスや不安などで引き起こされます。認知症になるとストレスや不安を言葉でうまく表現できなくなるため、症状として現れてくるのです。ですから、病院や施設など新しい環境ではなく、住み慣れた家で過ごしたほうが、認知症の症状は抑えられます。

認知症になったからといって、人生が終わりではありません。人が変わったかのように暴れたり、何もわからなくなったりするのではなく、好きという感情や喜び、そして自分らしさは、いつまでも残ります。

そして「ある程度のリスクは、まあ仕方ない」という考えを家族や近隣住民など周囲の人が共有すれば、案外、無事に過ごせるものなのです。さらに大事なこととして、効くか効かないかわからないような認知症の薬を飲ませることが暴力のリスクになり得ることも知っておいてほしいですね。

 

プロフィール

小笠原文雄(おがさわら・ぶんゆう)

医学博士,浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職

日本在宅ホスピス協会会長。医療法人聖徳会 小笠原内科・岐阜在宅ケアクリニック院長。
1948年岐阜県生まれ。73年名古屋大学医学部卒業。名古屋大学附属病院第二内科(循環器)を経て、89年に小笠原内科を開院。
医師として約2500人、僧侶として約500人の死を見つめる。また、1人暮らしの看取りを156人経験している。
共著に『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(朝日新聞出版)、著書に『なんとめでたいご臨終』(小学館)『最期まで家で笑って生きたいあなたへ なんとめでたいご臨終2』(小学館)がある。

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