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[実践・小説教室]小説を自分で書く楽しさ、醍醐味とは?

根本昌夫(文芸編集者)

2013年08月22日 公開 2022年08月25日 更新

 

約束事の世界の外に立ってみる

私たちはみな、ふだんは約束事の中で生きています。社会的な現実も、日常的な現実も、すべて約束事で成り立っています。

その約束事は実は恣意的に作られた社会のとりきめ事なのですが、私たちはそれを当たり前のものとしているため、ほとんど意識することはありません。

自分が恣意的な世界にいるという事実は、ふだんいる世界の外側に立ってみないとわからないのです。

小説を書くことや読むことは、その「ふだんいる世界の外に立つ」という経験です。「外に立つって、どうやって?」と思うかもしれません。

でも、おそらくあなたにも覚えがあるでしょう。本当にいい小説を読んだあと、今まで自分が見ていた景色が一変したような、不思議な感覚に。

小説を書くときにも同じことが起こります。外に立って書くことで、ふだん自分が当たり前だと思っている常識的な世界に揺さぶりがかかり、新しい世界が開けてくるのです。

そこで見えてきた「真実」のようなものを、ほんのかけらでもいいからつかまえ、言葉で表現できたときに、人は小説を書く醍醐味を知るのでしょう。

ただしこのとき、外に出たきりになるのはよくありません。必ず元の位置に戻ってくるべきです。小説も、小説家も、最後にはまた地上に戻り、大地をしっかり踏みしめ、日常の世界でたくましく生きる。そうであってこそ、小説家になれるのです。

「約束事の外に立つ」というのは、二項対立を基本とする近代的な価値観から解放されることでもあります。近代という時代は、たとえば「生と死」や「夢と現実」といったものを、すべて対立項としてとらえていました。

しかし昔の中国の陰陽思想のような「二元論」では、「生と死」や「夢と現実」は互いに対立するものではなく、むしろ調和するもの、調和させるべきものとされています。

さらに仏教の世界観は、「一即多、多即一」に象徴されるように「二元論」をも超えています。つまり「生=死」であり「夢=現実」なのです。

近年の仏教ブームは、ある意味「近代の知」が限界に来ていることの表れなのかもしれません。自分たちは実は恣意的な世界の中にいて、そこから外に出ることで初めて「真実」が見えてくるのではないかと、おそらく多くの人が気づき始めているのでしょう。

新しい世界が開けてくると、「自分」に対する感覚も変わってきます。

新しい世界を知る前、つまり約束事の世界に埋もれて生きているときは、人は自分自身のことを単にこの社会の一員、または○○家や○○会社の一員であると思っています。

ところが新しい世界が開けてくると、そうではなく「自分は世界そのものの構成要員だ」ということがわかってくるのです。自分は決して部分的な社会の一要素にすぎない存在ではなく、この世界でみなと一緒に生きている、この世界そのものなんだという感覚です。

 

どんな人生も無駄ではない

・小説を自分で書いてみることで、小説を書くこと、そして読むことの面白さが格段に増してくる。
・小説を書いてみることで、過去のある一点から、自分の人生を生きなおすことができる。
・小説を書くことで、新しい世界が開け、自分が世界そのものなんだ、世界と一体何だという感覚に目覚めていく。

小説を書くことの楽しさや醍醐味を、以上のようにまとめてみました。あなたの人生にとって、「小説修業は決して無駄ではない」ということがおわかりいただけたかと思います。

逆もまた真なりです。つまり「小説にとっては、どんな人生も無駄ではない」のです。あなたがこれまでに歩んできた人生、経験してきたこと、味わってきた喜怒哀楽の感情、努力してきたことは、何一つ無駄ではありません。

どんなこともみな小説を書く上では格好の素材になりうるのです。そのまま書くことはなくても、何かの形で生きてくるのです。そのときあなたの胸には、自分の人生への感謝が湧いてくることでしょう。

あなたのこれまでの人生は、もしかすると、これからあなたが書く小説のためにあったのかもしれません。その一作を書くためにあなたは生まれ、泣いたり笑ったりしながら懸命に生きてきたのかもしれません。

その小説はあなたにとってかけがえのない作品です。もしかすると、多くの人々の心を打つことになるかもしれない作品です。

その一作を、さあ、今から書き始めませんか?

 

【根本昌夫(ねもと・まさお/文芸編集者)】
文芸編集者、法政大学、帝京大学、明治学院大学各講師。1953年生まれ。早稲田大学在学中より早稲田文学編集室のスタッフとして活軌『海燕』(ベネッセ)、『野性時代』(角川書店)編集長を歴任。
島田雅彦、よしもとばなな、小川洋子、角田光代のデビューに立ち会う。新人作家の発掘、育成には定評がある。純文学からミステリなどのエンターテインメント、ノンフィクション作家まで幅広い人脈をもつ。朝日カルチャーセンターなどでも、小説教室の講座を担当し、新人賞を獲得する作家を生み出している。

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