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[実践・小説教室]小説を自分で書く楽しさ、醍醐味とは?

根本昌夫(文芸編集者)

2013年08月22日 公開 2022年08月25日 更新

[実践・小説教室]小説を自分で書く楽しさ、醍醐味とは?

小説を書いてみたいけれど何から書き始めていいのか、どうすれば賞を取る作品を書くことができるのかが分からない――。

よしもとばななさん、角田光代さんをはじめ、多くの小説家を世に送り出した伝説の文芸編集者根本昌夫氏が語る、小説の書き方と醍醐味に注目。

※本稿は、根本昌夫 著『[実践]小説教室:伝える、揺さぶる基本メソッド』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

書けば書くほど面白くなる

私の教室には、小説を書きたい、小説家になりたいという人たちが、老若男女を問わず通って来ます。

生涯に一作でもいいから小説を書いてみたいという人、どうしても書かずにはいられないテーマがある人、作家として身を立てたい人など、書きたい理由はそれぞれ違いますし、生育歴も職業もいろいろです。

しかし小説を書きたいという思いの熱さには変わりはありません。

人はなぜ、小説を書きたがるのでしょうか。

そして私はなぜ、小説を書くことの魅力を多くの人たちに伝えているのでしょう。

元巨人の桑田真澄さんが、あるときとてもいいことを言っていました。

自分が野球を教えているのは、決して全員をプロ野球選手にするためではない。野球の面白さをより多くの人に伝えるためだ、というのです。

みんながみんな、プロ野球の選手になれるわけではないし、なる必要もない。ただ、野球の基本を一生懸命に身につけることで、野球を好きになる。

すると野球をもっと面白くやれるようになるし、観るときにももっと面白く観られるようになる。野球の面白さは自分がやってみないとわからない。だから自分は教えているのだ。桑田さんはそのように言ったのです。

小説にも同じことがいえます。みんながみんな、プロの小説家になれるわけではありません。厳しい現実をいえば、プロの小説家になれる人はほんの一握りですし、まして小説だけで一生暮らしていける人など、かぞえるほどしかいません。

でも、小説を書きたい人の全員がプロになる必要もないのです。大事なのは、自分で手を動かし、心を自由に羽ばたかせて、小説を書いてみること。すると書けば書くほど面白くなってきますし、読むときも、より深く小説を味わえるようになります。

それだけではありません。ものの見方、考え方に深みが出てきて、生きていること自体が楽しくなってくるのです。

 

過去のある一点から生き直す

作家の森敦の言葉も紹介しましょう。

森敦は1974年に62歳で芥川賞を受賞した作家です。2013年に黒田夏子さんが75歳で受賞するまでは、史上最高年齢での芥川賞受賞作家でした。

その受賞の際に語った言葉は、小説を書くことの醍醐味を見事に言い表したもので、非常に印象に残っています。彼はこう言ったのです。

単に過去をふり返るのは「回想」である。小説を書くことは単なる回想ではなく、過去のある一点からもう一度生き直すことだ――と。

これから小説を書こうという人たちの中には、自分がこれまで歩んできた道や、過去の出来事をふり返って書くことで、心の整理をしたいという気持ちが多かれ少なかれあるのではないかと思います。

しかし実際に書いてみるとわかるはずです。小説を書くという営みは、自分史のようにただ、こんなことがあった、あんなこともあったとふり返ることではないし、あの頃はよかった、あの出来事はつらかったと回想することでもないのだと。

小説を書いていると、ある「可能性」のようなものが見えてくるのです。そしてその時点から、自分はもう一度生き直すことができる、そんな気がしてくるのです。

すると自分の過去に対して抱いていた思いが変わります。さらに、今見えている景色も、この先への思いも変わってくるのです。

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