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X経営 ~ 失われた20年の勝ち組企業100社の成功法則とは

名和高司(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

2013年10月21日 公開 2013年10月21日 更新

《『「失われた20年の勝ち組企業」100社の成功法則』より》

 

 日本に重く垂れ込めていた雲の間から、少し薄日が差してきました。六重苦と言われた日本経済の構造的な桎梏も、アベノミクス効果で少し楽になってきました。

 ただ、実態が問われるのはこれからです。しかも、その主人公は、政府ではなく、1人ひとりの企業人です。一息ついて、またぐっと水面下に潜ってしまうのか、それとも、軽やかに空高く飛び立てるのか。我々はまさに、異次元の成長への道と、停滞への逆戻りの道とのX〈クロス〉ロード(岐路)に立っているのです。
   

 これまでの20年間は、日本では自虐的に、「失われた20年」と呼ばれています。

 私は、この言葉を聞くたびに、忸怩たる思いを噛みしめてきました。なぜなら、この20年は、ちょうど私がマッキンゼーで企業の皆さんに、経営支援をさせていただいた年月だからです。

 ただし、最初の3年間は、ソウルに駐在して、韓国企業を全面支援していました。当時は日本企業の背中がはるか先のほうに見えたのに、あっという間に追いつき、はるかに追い越していった韓国の一流企業群です。

 「あのとき、ちょっとやりすぎたかな」という苦し紛れの言い訳は、あまり説得力はありません。そのあとの17年間の多くは、日本企業を支援してきたのですから。

 しかし、日本の中にも、この20年間に、大成長を遂げた企業が、少なからず存在するのも事実です。偶然(それとも必然?)、そのような企業の多くは、マッキンゼーのクライアントではありませんが。

 そこで、この20年間の勝ち組100社をリストアップし、その成功の秘密を解き明かしてみたくなりました。その作業の中から、いくつか共通の成功パターンが浮かび上がってきました。一方で、勝ち組に入れなかった同業他社と比較してみると、さらにその特徴が鮮明に見えてきました。そのエッセンスをまとめたのが、この本です。

 題して、「X経営」。

 本書『「失われた20年の勝ち組企業」100社の成功法則では、経営モデルを大きく4つのタイプ(型)に分類して紹介しています。

 

タイプ J:オペレーション力に磨きをかけ続ける「Do more better」モデル

タイプ W:オペレーション力に加えて、トップの経営変革力で非連続な成長を牽引する「Scale up」モデル

タイプ:オペレーション力に加えて、事業モデル構築力と市場開拓力を成長のエンジンとして回し続ける「Scale out」モデル

タイプZ:オペレーション力、事業モデル構築力、市場開拓力、経営変革力の4つすべてを兼ね備えた「Almighty」モデル

 

 では、なぜ本書は「究極のZ経営を目指そう」と迫らないのでしょうか?

 もちろん、Z型が理想的かもしれません。事実、マッキンゼーは、「経営変革できない企業は、グローバルな勝ち組には入れない」とまで言い切って、トップに迫ります。

 しかし、日本企業のトップに、そのような強靭な経常変革力を求めても、ないものねだりではないでしょうか。

 マッキンゼーのように、トップの経営変革力をあくまでも要求するのであれば、答えは3つしかありません。すなわち、(1)トップを外国人のプロの経営者にすげ替えるか、(2)日本企業を欧米企業が乗っ取って経営権を握るか、あるいは、(3)大半の日本企業を見捨てるか。もっとも、コトがそんなに簡単に済むのであれば、そもそもマッキンゼーなど、不要かもしれませんが。

 しかし、残念ながら、これでは多くの日本企業にとって、答えになっていません。

 面白いことに、日本の勝ち組100社リストをよく見てみると、Z型企業はほんの一握りしかいません。むしろ、注目すべき成長を遂げている企業の多くは、トップががむしゃらに経営変革力を振り回さなくても、組織に埋め込まれた成長エンジンが強靭に回り続けているX型企業なのです。

 逆にZ型企業は、カリスマ経営者がいなくなったあとのリスクが大きい。日本のように、経営のプロが社内でも社外でもほとんど育っていない場合は、なおさらです。

 したがって、逆説的ですが、日本企業の場合、究極のZ型ではなく、組織として持続可能性の高いX型こそ、目指すべき経営モデルなのです。

 

 思えば、Xというのは、謎めいた記号です。「謎の物体X」のように、未知のものにつけられることが多い。したがって、X経営には「次世代経営」とでも言うような意味合いが込められています。

 また、Xは「掛け算」の記号でもあります。X経営の本質は、「事業モデル構築力」と「市場開拓力」という2つの成長エンジンを「掛け合わせる(X)」ことにあります。日本企業のお家芸の「オペレーション力」を基盤として、このツイン・エンジンを「掛け算」で駆動させることによって、異次元の成長が加速されるはずです。詳細は、ぜひ第一講をご覧ください。

 一方、Xというのは、便利な接頭語でもあります。たとえば、次の3つのような使い方があります。
   

・EXの略:X(エクス)プレス、X(エクス)ペリエンス、など
・Cross(X印)の略:X(クロス)アウト、X(クロス)プレイ、など
・Transの略:X(トランス)ファー、X(トランス)レート、など
   

 本書では、X経営の切り札として、3つのXを紹介します。すなわち、〈エクス〉テンション(ずらし)、〈クロス〉イノベーション(緊密な協創)、〈トランス〉ナショナル(海洋国家)の3つです。詳細は、ぜひ本書をご覧ください。

 

 また本書では、具体的な企業のケースが、次々に登場します。経営コンサルタント出身の経営学者として、理論や学説の精緻さよりも、経営現場での現実を何よりも大切に考えているからです。その意味では、本書は「実践臨床経営学」のすすめでもあります。

 ただ、生々しい企業の名前を出すと、何かと物議を醸します。

 「どうしてウチがトップ100に入っていないんだ」

 「業界トップのウチが、なぜ、よりによってあそこ(競合先)より下なんだ」

 この手の言いがかりは、いたって撃退しやすい。第一講で説明するとおり、極めて客観的な指標で機械的にランキングしていますので、「ネゴ」の余地はありません。

 「日本を代表する企業と言われている当社は、当然、究極のタイプZでしょ」

 「カリスマ社長が君臨し続けているわが社が、タイプJというのはおかしいのでは?」

 この類のつっこみは、ちょっと手ごわいです。タイプ別の分類には、どうしても解釈や判断の余地があるからです。

 ただ、たとえば前者に対しては、「代表的な日本企業だからこそ、タイプJなのではないですか?」、後者に対しては、「カリスマ経営者がいても、事業モデルや市場モデルでのイノベーションや大きな経営変革が本当にありましたか?」と切り返すことにしています。

 そもそも、自社がランキングのどこにいるとか、どのタイプに分類されているか、などという体裁を気にすること自体、まったく本質が見えていない証左です。もっと言うと、ランキングの上より下のほうが、そして究極や理想のタイプの手前にいるほうが、ラッキーとすら考えるべきでしょう。なぜなら、それだけ、成長のhead room(伸び代)はずっと大きいはずですから。

 本質は、これらの他社のケースから具体的なヒントを1つでも多く見つけて、自社の成長エンジンを点火し、進化させ続けることです。

 

 私が大好きなフランスのノーベル文学賞受賞者に、アルベール・カミュという人がいます。『異邦人』や『シーシユボスの神話』など、不条理の世界をテーマにした作品が有名です。

 そのカミュが、次のような言葉を残しています。

 「人間は現在の自分を拒絶する唯一の生き物である」

 そして別のところでは、次のようにも語っています。

 「人間が唯一偉大であるのは、自分を超えるものと戦うからである」

 現状に踏みとどまっていては、未来はつくれません。自己否定を辞さず、世界の頂点を目指して戦い抜いていきましょう。たとえ『シーシュポスの神話』のように、頂点を目前にして裾野に転げ落ちることがあっても、また、ゼロからスタートする気概を持ち続けること。

 日本企業が、そのような不屈のチャレンジ精神を取り戻したときに、永遠に到達することのないさらなる高みを目指して、大きく前進することでしょう。


<書籍紹介>

「失われた20年の勝ち組企業」100社の成功法則
「X〈エックス〉」経営の時代

名和高司 著
本体価格 2,000円

日本企業を「J」「W」「X」「Z」の4タイプで考察し、「失われた20年」の勝ち組企業の経営手法から究極の次世代経営モデルを描く。

 

<著者紹介>

名和高司

(なわ・たかし)

一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授

1957年生まれ。東京大学法学部卒業後、三菱商事に入社。90年米ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得、ベイカースカラー(最優秀賞)を受賞。91年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。日本、米国、アジアなどを舞台に企業の成長戦略や異業種アライアンス、経営変革に取り組む。2010年から一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。
著書に『マッキンゼー戦略の進化』『学習優位の経営』(以上、ダイヤモンド社)、『日本企業をグロ一バル勝者にする経営戦略の授業』(PHP研究所)などがある。

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