市川海老蔵が語る/映画「利休にたずねよ」で演じて感じた利休の魅力とは
2013年11月29日 公開 2015年04月24日 更新
人の心を溶かす 利休が内に秘めた思いを 伝えたい
「お茶を出して相手が喜んでくれた瞬間、その一瞬の至福に、おもてなしの基本はある」。映画「利休にたずねよ」(第37回モントリオール世界映画祭 最優秀芸術貢献賞受賞)で、千利休役を熱演した市川海老蔵さん。お茶の稽古を重ね、自らお茶を点ててもてなすことで、人の心をほどく力を実感したという。演じながら感じた利休の人間味と、お茶の魅力とは。
断るつもりが口説かれて
今から4年くらい前の話になるのですが、田中光敏監督から、今度、山本兼一さん原作の『利休にたずねよ』を映画化するので、千利休役でぜひ出てほしいというオファーをいただきました。
利休といえば、かつて三國連太郎さんなど、映画界の重鎮がやっていらっしゃる役。しかも居士の名を許された方ですから、何で若い僕に?というのが正直な感想でした。
それでも監督はあきらめず、ぜひ原作を読んでみてください、と言い、原作者の山本兼一さんからもお手紙をいただき、利休役は僕以外、考えられないとおっしゃる。そこまで言うならと思い、原作を読んでみたら、利休が枯れた茶聖ではなく、パッションの人に描かれていて非常に面白く、なぜ僕に依頼されたのかがよくわかったんです。
利休がいきなり利休居士になったわけではない。若い頃は恋もするし、若気の至りもある。利休さんは蓮の花のように、泥水も清水も飲み込んで、花を咲かせていったのだなと。その両方を知っていて、茶道の所作もできるということで、僕をご指名くださったのかと思い至りました。
これまで、いろいろな役をいただきましたが、口説かれて引き受けたということはなかったんです。それまであまり意識してなかった男の子に好きだ好きだと言われ続けた女の子が、次第に相手のことが気になるようになり、一度だけ会ってみようかという気になる。そんな感じで監督と山本先生にお会いしました。
そこでもまだ僕は「納得できる台本ができるまでは、出演するかどうか答えられない」と、生意気なことを言ったんです。それでもお2人は僕がいいと言ってくださった。口説かれて、意中にない男性を好きになってしまう女性の気持ちが初めてわかりました(笑)。
激しさを秘めた芸術家
利休さんという人は、誰もが美しいと感じる美の法則を確立したのですから、非凡な才能の持ち主です。ストイックなまでに美しいものを追求していくところなど、芸術家特有の狂気を秘めている。気性のかなり激しいところもあったと思うんです。ですが、信長や秀吉といった天下人に仕える茶頭ですから、そういう激しさは表に出さないようにしていた。利休の内に秘めた思いが原作の端々から感じられたので、映画では、そこをどう演じるかがポイントだと思いました。
また利休さんは非常に凡帳面な方でもありました。好みの道具をつくってもらうべく細かい注文を出して、100個つくらせて、やっと1個、納得するものがある、といった譲らない一面もあったのです。周りの方は大変だったと思います。
そんな利休さんを演じるのは、とんでもないプレッシャーでした。しかも、晩年の利休から始まって、ずば抜けたセンスを持っていながらも、まだ発展途上の宗易、そして宗易や利休には遠く及ばない10代の与四郎と3つを演じ分けなければいけない。なかでも与四郎時代を演じるのは、一番大変でした。
僕もお茶の稽古はしていましたが、人に見せられるようなものじゃない。ところがお客様は、歌舞伎役者がやるのだから、きれいな所作、流れるようなお点前ができて当たり前だと思う。ですから、出演を決めてからクランクインまで、ずっと先生についてお稽古をしていました。
稽古を重ねていくうちに、「おもてなし」の基本はここにある、と思うようになりました。お茶を出して相手が喜んでくれた瞬間、その一瞬の至福のために、もてなす側は時を費やすんですね。おもてなしを受ける側にも礼儀があるのがお茶の世界です。流れるようなお点前を見せられると、思わず見とれてしまうのです。お茶を点てる方それぞれの間のとりかたがあって、これができたらカッコいいだろうと思うようになり、役者としての引き出しが増えていくのを感じました。
僕の楽屋には、お茶の道具一式が置いてあり、訪ねてくる人に、お茶を点ててもてなしています。特に悩みを抱えた人には一服差し上げて、「ひと呼吸置いたら」とお話すると、みなさん、心がほどけていくようです。お茶には、人の心を溶かす力があるんです。
本物の長次郎に魅せられて
お茶の稽古を重ねているうち、撮影現場で本物の茶器を使いたいという思いが強くなりました。それでプロデューサーに本物でなくちゃだめだと我が儘を言って…。そうしたら本当に、典型的な利休好みの黒樂茶碗「万代屋黒〈もずやぐろ〉」を使えることになりました。ですが80年くらい、一度もお湯を通したことがないというんです。貸していただく条件として、お湯を通すのは1回だけだと。3億円の値がついていたこともある茶碗を、どれだけ日常のものとして扱うか、そこに神経を使いました。いまは何億円もしても、当時は新作の茶碗に過ぎなかったのですから、手が震えてはおかしいわけです。「これは土の塊なんだ」と自分に言い聞かせて本番に臨みました。
この映画の撮影を機に、自分でも茶器を買うようになりました。土の塊に恋心を抱いてしまったんです。最近、瀬戸黒の茶碗を買ったのですが、骨董屋に8回も通ってしまいました。最初に見たとき、市川家に伝わる歌舞伎十八番のように、代々伝えていくべき茶碗だと思ったんです。でも高い。楽屋入りの1時間前に骨董屋に寄って、あの茶碗を見せてくれと頼み、お茶を点ててもらう。夜、ご飯を食べているところに茶碗を持ってきてもらって眺めて考える。それくらい茶器には魔力があるんです。お茶の世界に魅入られてしまった僕は、この映画のギャラの大半を茶器につぎ込んでしまったほどです。
でも、こんなに勉強になった作品は、なかなかありません。お茶は今後も続けていくつもりですし、口説いていただいて、本当にありがとうという気持です。武野紹鷗役で出演した父・團十郎と、現場で役者同士の対話ができたのも、いい思い出になりました
映画公開を控えたいま、演者としては、原作者の意図をきちんと表現できているかどうか、利休の人間味を感じていただけるかどうかが気になります。
今回は35歳の海老蔵が演じた利休ですが、27年後、利休450年忌のときに、ぜひもう一度利休役を演じてみたい。利休さんは、それほど魅力的な人なのです。
■ 市川海老蔵(いちかわ・えびぞう)歌舞伎俳優
1977年。東京都生まれ。1985年に7代目市川新之助を、2004年に11代目市川海老蔵を襲名。
代表作として歌舞伎十八番の「歓進帳」「鳴神」など。2003年には、NHK大河ドラマ「武蔵MUSASHI」に主演。
映画主演は本作が3作目。
<原作本紹介>
おのれの美学だけで秀吉に対峙し天下一の茶頭に昇り詰めた男・千利休。その艶やかな人生を生み出した恋とは。第140回直木賞受賞作。★電子版もあります★
<関連書籍>
オフィシャルガイド
「利休にたずねよ」の世界
13年12月公開の映画「利休にたずねよ」公式ガイドブック。当時の茶道具を使うなど細部にこだわった映像美と物語世界をやさしく解説。