中谷美紀が語る 千利休の妻・宗恩の魅力[映画「利休にたずねよ」特別インタビュー]
2013年11月12日 公開 2015年04月24日 更新
細やかさとおおらかさを併せ持つ女性・宗恩の魅力
織田信長、豊臣秀吉といった天下人におもねることなく、自らの美学を貫き通し、命を落とした茶人・千利休。その生涯を、鮮やかに描き出した映画「利休にたずねよ」(第37回モントリオール世界映画祭 最優秀芸術貢献賞受賞)。希代の天才を陰で支えた妻・宗恩役を演じる中谷美紀さんに、作品にかけた格別の思いをうかがった。
宗恩という女性の魅力
――この映画の出演依頼がくる前に、原作『利休にたずねよ』を読まれたと聞きました。初めて読まれたとき、どんな感想を持たれましたか。
「読み出したら止まらなくて、気がついたら450年前にタイムスリップしていました。利休さんの矜持、秀吉に対する怒りが行間から滲み出ていて、死を選ばざるをえなかった気持を思い、思わず涙しました。ですので映画化が決まり、利休の妻である宗恩役での出演依頼をいただいたときは嬉しかったです。何が何でもいい作品にしたいと思いました」
――中谷さんの目から見て、宗恩はどんな女性だったでしょう。
「夫に寄り添い、つき従うことを自分自身の生きる喜びとしており、ある意味、日本人が理想とする女性です。あのような女性がいらしたら、男性は心地よくお仕事ができるだろうと思いますし、私自身も働く女性の1人として、あのような奥さんがいてくれたらどんなにいいかと思います(笑)。でも宗恩は古風なだけではないんです。袱紗(茶道具を拭い清める絹布)の寸法を決めたのは宗恩だったと言われているのですが、利休さんのすぐそばで茶の湯を学び、利休好みのお茶の世界の確立に陰ながら貢献していたと思われる節がある。聡明で先進的な一面も持っていたと思います」
――原作に比べて宗恩がクローズアップされていて、存在感を感じましたが、台詞は意外に少なかったですね。
「気持ちをたたずまいだけで表現しなければいけない場面が多く、難しかったですが、その試みは、いらないものを排除していった利休さんの『引き算の美学』に通じるものがあったように思います」
――宗恩にとって、利休はどんな人物だったのでしょう。
「夫である前に、一流のアーティストとして尊敬しており、宗恩は利休の茶の最大の理解者だったと思います。ですが、あのような鋭敏な感性を持つ男性と一緒に暮らすのは大変だったのでは(笑)。細やかさとおおらかさを兼ね備え、母性溢れる宗恩だったからこそ、利休の妻が務まったのではないでしょうか」
――利休はお茶に人生のすべてをかけていました。
「1つの志のために命をかけられる人が、この世の中に一体何人いるでしょう。何もかも失ってまで守りたいものがあると人は強くなれるのですね」
――宗恩が「私でよろしかったのでしょうか」と利休に尋ねるシーンが印象的でした。
「女性が愛する人に対して抱く懐疑的な気持は、450年前も今も同じなんですね。この作品は、利休と宗恩の、あるいは利休と想い人の究極の愛を描いた物語でもあるんです」
役づくりのためにしたお稽古
――宗恩を演ずるにあたって、役づくりはどのようになさいましたか。
「宗恩に関する文献資料はほとんど残っていないそうなのですが、唯一、大阪の藤田美術館に宗恩が縫ったとされる仕覆(茶器を入れる巾着袋のような物)が残されています。それを拝見したのみで、あとは想像をめぐらせるしかありませんでした。宗恩もお茶を点てるのですが、利休さんのお点前を一番近くで見ているわけですから、流れるようなお点前ができなくてはいけません。幸い、撮影前に、大徳寺瑞峯院につくられた平成待庵(利休が京都府大山崎町に造った国宝・待庵を模して造られたもの)でお点前の稽古をさせていただくことができました。狭い空間に身を置いてお茶を点て、自服したり、ご住職のお話を聞くことで、あれこれ疑問に思っていたことが氷解していくのを感じました」
――お茶は以前から習っていらしたとか。
「一時期はまってしまって、茶の湯が生み出す非日常に埋没しそうになったのですが、それがあまりに心地よく勤労意欲が著しく削がれてしまうため、少し距離を置いていました。そんなときに今回の役をいただき、改めて思ったのは、お茶は男性のものだということです。茶室は政(まつりごと)とビジネスが行なわれる空間で、逃げ場のない戦場のようなものだったのではないでしょうか。そこで一国一城に匹敵するくらいの価値ある道具のやりとりをしていたわけですから、女性が介入することの難しさを痛感しました」
心で茶を点てていた海老蔵さん
――できあがった映画をご覧になっての感想を聞かせてください。
「田中監督の美意識の高さを随所に感じました。その感性に導かれて現場に立てたことを嬉しく思い、また原作を読んで理解が及ばなかった部分を監督が絵にしてくださったので、作品への理解がより深まったように思います。日本文化の真髄に触れることができる作品にもなっているので、海外の方にもぜひ観てほしいです」
――旦那様役の海老蔵さんは、いかがでしたか。
「渾身の演技に胸打たれました。ふだんはやんちゃ坊主のようなのですが、本番になると一転、利休さんになりきるのです。また、勘の鋭い方で、私のような凡人が10年かけてやっとわかるようなことを、たちどころに理解してしまわれるところにも驚きました」
――海老蔵さん演じる利休で印象的だったシーンはどこでしょう。
「まず、自分の愛弟子である山上宗二が秀吉の命によって殺されるシーンで、命乞いをする海老蔵さんの横顔がすばらしくて、そこに師弟愛を感じてほろっときました。次は初恋の女性との別れのシーン。茶人である利休さんが、作法も何もかまわず、荒々しくお茶を点てるシーンに、利休さんの思いの強さを感じました。もう一箇所は自ら命を絶つシーン。末期の茶を点てている海老蔵さんの、覚悟の決まったお顔、強い意志と諦めがない交ぜになった表情がすばらしかったです。お点前にもいろいろな表情があって、海老蔵さんは作法にとらわれず、心で茶を点てることで、利休さんを表現していたように思います」
――中谷さんは時代ものへのご出演も多く、来年は、NHK大河ドラマで戦国の軍師・黒田官兵衛の妻役を演じられますが、その次はどんな役をやってみたいですか。
「先日、安部龍太郎さんの『等伯』をとても面白く読ませていただきました。主人公の長谷川等伯は、利休さんの肖像画を描いた人でもある魅力的な画師です。利休さんとは全く異なるタイプの芸術家である等伯の妻を、ぜひ演じてみたいです」
中谷美紀 (なかたに・みき) 俳優
1976年、東京都生まれ。1993年、女優デビュー。2006年、「嫌われ松子の一生」の川尻松子役で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2010年、舞台「猟銃」で、紀伊国屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞女優賞受賞。
おもな出演作に、「ケイゾク」「壬生義士伝」「電車男」「ゼロの焦点」「阪急電車 片道15分の奇跡」などの映画、ドラマスペシャル「白洲次郎」「JIN-仁」などのテレビドラマがある。
2014年1月からのNHK大河ドラマ「軍師宮兵衛」に、黒田官兵衛の妻・光姫(てるひめ)役で出演。
<原作本紹介>
おのれの美学だけで秀吉に対峙し天下一の茶頭に昇り詰めた男・千利休。その艶やかな人生を生み出した恋とは。第140回直木賞受賞作。★電子版もあります★
<関連書籍>
オフィシャルガイド
「利休にたずねよ」の世界
13年12月公開の映画「利休にたずねよ」公式ガイドブック。当時の茶道具を使うなど細部にこだわった映像美と物語世界をやさしく解説。