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【趣味を広げる】 小説で「鉄道気分」!

阿川大樹

2011年03月26日 公開 2023年01月18日 更新

阿川大樹

「それは、様々な夢やアイデアを詰め込める乗り物」

《 月刊『文蔵』2011.3 【特集】小説で「鉄道気分」! より 》

『D列車でいこう』は、赤字ローカル鉄道の再建に挑む3人組の活躍を描く小説 起業の苦労と喜び、鉄道利用者を増やして町を活性化する斬新なアイデアがあふれ、鉄道のさまざまな可能性を感じられるとともに、読むと元気か湧いてくる小説だ 本書の構想のきっかけ、鉄道に対する思いを、作者の阿川大樹さんに尋ねた。(取材・文=倉田隆則)

読者の共感を得られるテーマとは

  - さっそくですが、本作『D列車でいこう』を書かれたきっかけは?
 阿川 実は、僕は特に「鉄道好き」というわけではなく、最初は、町おこしをテーマにした小説を書こうと思っていました。前から考えていたのですが、古いタイプの経済小説の多くは、終身雇用を前提にしたうえでの仕事の葛藤や社内の軌轢(あつれき)、企業間競争などを取り上げています。でも、そこに登場する主人公の苦しみは、実は会社を辞めるとすぐに解決してしまうものが多いんです。雇われる人、既存の企業のロジックなんです。
 そこで、主人公の選択肢のなかに、雇われるだけではなく、自分で自分の仕事をつくる、あるいは雇う側の人になる、といったオプションがあってもいいのではないか、とずっと考えてきました。
 いっぽうで、僕は町おこしをテーマに、ほとんどの店が閉店している、いわゆる「シャッター通り商店街」を取材してきたので、それをモデルに物語を作ってみようと考えていたんです。
 でも取材を続けるなかで、「再建は誰のためになるのか?」という疑問が生じてきました。
 そもそも利用者にとって、その商店街がもはや不要だから、「シャッター通り」になってしまっているのではないか。では、どういうものなら利用者が「必要だ」と思え、読者も共感できるのか、と考えたのです。
 そこで浮かんだのが、鉄道でした。鉄道は多くの人にとって、生まれた時からそこにある存在であり、何らかの思い入れを持っているものです。それが、ある日なくなってしまったら、みんなどう思うのだろうか。
 まず鉄道を日常的に利用している人は、交通手段がなくなるから困ります。それに地元の鉄道を利用したことがない人はほとんどいないでしょうから、その思い出がなくなるという大きな喪失感を覚えるでしょう。
 また、男の子であれば、一度は鉄道の運転士になりたいと思うなど、鉄道への憧れを抱いたことがあるかもしれません。
 だからこそ、みんなの気持ちが「鉄道をなくさずに盛り返そう」と、1つになりやすいし、読者にもその思いを共感してもらうことができます。このようにして、鉄道を再建する物語に行き着いたのです。

鉄道への思いは人それぞれ

 - 鉄道にはいろんな魅力があると思いますが、どこに着目されましたか?
 阿川 まず、車窓の風景。見慣れた風景でも、季節の変化を感じさせてくれることがあります。
 また鉄道のメカについては、ハードウェアや鉄道の質感が結構好きなので、そういうフレイバーは盛り込んだつもりです。
 さらに、風景(被写体)としての鉄道も意識しました。単に鉄道が走っている風景が美しいというだけでなく、視野の中に鉄道が入ってきた途端、それがただの機械ではなく、車内に運転士や乗客など、「人間がいる」と感じたりすることもあります。
 このように、鉄道は乗車しても、遠くから見ても、下にもぐって車輪を見てすら、それぞれの人がそれぞれの何かを感じることができます。こういう感覚を、いろんな形で取り込んでいきたいという思いはありました。

  - 鉄道マニアや、鉄道関係者への取材はされたんですか?
 阿川 鉄道はマニアが多く、情報が豊富にある分野なので、ほとんど取材をしなくて済みました。僕自身が鉄道ファンでなくても、鉄道ファンの気持ちはブログやネット上のコミュニティで思いを語っている人の文章を読むことで理解できました。
 それから鉄道経常については、さまざまな鉄道路線の損益や経営数字などをまとめた鉄道経営論のような文献がたくさんあるんです。もちろん、メカに関する文献も揃っていますよ。
 さらに鉄道の場合、正面にカメラを据えて各路線を始点から終点まで延々と撮影したDVDが揃っていますよね。それを見れば、窓の外の景色だってわかる。だから、乗りに行かなくても車窓の景色を体験できました。

  - ところで、本作のモデルとなった鉄道はあるんですか?
 阿川 あります。小説に登場する山花鉄道の経営数字的なモデルになっているのは、中国地方のある鉄道です。場所で選ぶのではなく、再建可能な年間赤字額の鉄道を探しました。
 本書の設定は、年間赤字額が3000万円。これが数億円という鉄道であれば素人にはハードルが高すぎるし、大きな仕掛けを使わないと再建できないでしょう。
 僕は、いろんな人が小さなことを少しずつ行なうことで成功する物語を書きたかったので、3人で乗り込んでがんばったら、本当に再建できそうな規模の鉄道を探しました。

「鉄道マーケティング」で大事なこと

  - 本作では、ローカル線を立て直すため、主人公たちが様々なアイデアを形にしますが、そのアイデアはどのように考えられましたか?
 阿川 沿線の住民が日常的に鉄道に乗る習慣を作る、というのが鉄道ビジネスの基本的なマーケティングです。とりあえず成果を出すという第一関門では、どんな理由であれ、近所の人に乗ってもらわなくてはいけません。
 そこでまず、「車内に子どもたちの絵を飾る」というアイデアを出しました。こうすれば親子で鉄道に乗りに来てもらえますし、毎年学年が入れ替わるので、新しいマーケットが必ず生まれるというメリットもあります。
 次に、沿線に住む人を増やすことを考えました。物語では、リタイアした人たちが興味を示すよう、「別荘」ほど高級ではないログハウスを沿線に作っています。買った人は誰かに自慢したいものだし、楽しい気持ちをシェアしたいので、知人を呼んできてくれるでしょう。

  -他にもユニークなアイデアがたくさん出てきますね。
 阿川 鉄道事業だけに着目すると、どうしても発想に限界があります。けれどもシニアマーケットやリゾートビジネス、ゲームマーケットといった、他の業界でやっているアプローチを鉄道に適用したらどうなるのかを、物語のなかで実行したのです。
 田舎の鉄道に乗っていそうな人は、何となくイメージできますよね。でも、そういう人たちが乗っているだけでは、赤字なのです。むしろ絶対に乗りそうにもない人が乗ってくれて、初めて収支がプラスになる。だから、そういう人を乗せるにはどうすればいいのかを考えました。
 大切なのは、「楽しそうだから鉄道に乗ってみよう」と思わせること。それから、鉄道に乗った人が楽しかったと感じ、もう一回来ようと思えること。
 鉄道とは、多くの大が日常的に使う中で、いろんな思い入れを持っているものであり、いろんな楽しみ方ができるものでもあります。だからこそ、たくさんの夢やアイデアを詰め込める、大きな可能性がある乗り物なのではないでしょうか。

阿川大樹 阿川大樹 (あがわ たいじゅ)
1954年、東京都生まれ。東京大学卒業。国内企業の半導体集積回路のエンジニアを経て、シリコンバレーの半導体ベンチャー設立に参加。1999年「天使の漂流」で第16回サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞。2005年『覇権の標剛で第2回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞。他の著書に『D列車でいこう』『フェイク・ゲーム』。
〔阿川大樹公式サイト〕http://www.agawataiju.com/

著書紹介

D列車でいこう

『D列車でいこう』

徳間文庫  定価660円(税込)
 廃線が決まった、中国地方のローカル鉄道・山花線。もはや命運は決したかと思われたこの赤字鉄道会社に、ある日、風変わりな3人組がやってきた。
 才色兼備でMBA取得の女性ミュージシャン、良心的な融資を誇りにしてきた元銀行支店長、そして鉄道オタクのリタイア官僚の3人だ。
 この3人組、いきなり現われて言うには、「山花鉄道に惹かれたので、ぜひ再建したい」。
 最初は戸惑っていた町民たちだが、次々と繰り出される彼らの奇抜な計画に、気づけばすっかり乗せられていく。なぜか再建を渋る町長の重い腰は、果たして上がるのか!?

インタビュー掲載誌

月刊『文蔵』2011.3

月刊『文蔵』2011.3

「文蔵」編集部 編
税込価格 650円(本体価格619円)
【特集】小説で「鉄道気分」! ◎インタビュー 西村京太郎/阿川大樹 ほか 【連載小説】宮部みゆき「桜ほうさら」/ヒキタクニオ「紅い三日月」/あさのあつこ「当世侠娘物語 自立篇」 ほか 【新連載ノンフィクション】平山 讓「灰とダイヤモンド」

最新誌紹介

月刊『文蔵』2011.4

月刊『文蔵』2011.4

「文蔵」編集部 編
税込価格 650円(本体価格619円)
【特集】この春、「学園小説」を楽しむ 【新連載小説】川上健一/葉室麟 【連載小説】宮部みゆき「桜ほうさら」/朱川湊人「箱庭旅団」/山本兼一「まりしてん?千代姫」 ほか 【連作読切小説】篠田真由美「ホテル・メランコリア」

 

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