日常に辞書を活かす!~飯間浩明の「日本語を使いこなす技術」2
2015年06月08日 公開 2023年02月01日 更新
テレビの説は鵜呑みにしないほうがいい
どこまでお調べになりました?
たまに、テレビ番組の制作会社から、ことばについて質問の電話がかかってくることがあります。クイズ番組などの問題を作るための取材のようです。
「『みそっかす』の語源は何ですか」
「『やかん』はどうして『やかん』と言うのでしょうか」
初めの頃は、ただおもしろがって答えていました。でも、そのうち、「質問者は何も調べないうちから電話してきてるんじゃないか」と疑うことが多くなりました。何しろ、ちょっと辞書を引けば分かるようなことまで聞かれるのです。
たとえば、右のことばは、『三省堂国語辞典』(三国)ではこう説明してあります。
「みそっ かす[(味×噌っ×滓)](名)〔=みそをこしたあとの、かす〕(下略)」
「や かん[(▽薬缶)・(▽薬×罐)](名)(略)〔もとは、くすりを煎(セン)じるのに使った〕」
これを読んで、なお語源が分からないという人はいないでしょう。このくらいのことを調べないで電話をかけてくる人が、あとで改めて参考書を調べるとは思えません。まさか、私の話だけで番組を作ろうというのではないでしょうね。
最近は、こちらも応対のしかたが分かってきました。電話を受けたら、まず、
「どこまでお調べになりました?」
と聞くようにします。先方が「いや、まだ……」と曖昧に答えた場合は、「では、まずお調べいただきましょうか」と、回答を避けます。
「代わりばんこ」の乱暴な解釈
中には、もう番組の台本が出来上がってから電話をしてくる人もいます。以前、「代わりばんこ」の語源について聞かれたことがありました。その制作会社の人は、「製鉄から来たことばではないでしょうか」と、意外なことを言いました。
彼によると――昔、鉄を作るために「たたら」(大形のふいご)を踏んでいた職人のことを「ばんこ」と言っていた。この労働はつらいため、代わる代わる行ったことから、「代わりばんこ」ということばができた――と、こう言うのです。
私は驚きました。たしかに、鍛冶職人のことを「ばんこ」と言う地方はあります。でも、それと「代わりばんこ」を結びつけるのは乱暴です。
「代わりばんこ」の成り立ちは、もっと単純です。順番を代わるから「代わり番」、それに「取りかえっこ」「半分こ」「順番こ」などの接尾語「こ」がついて「代わりばんこ」になったのです。製鉄とはまったく関係がありません。
私は電話口でそのように言ったのですが、相手は「もう製鉄所の取材もすんでいて、今さら台本は変えられません」と、困った様子でした。
あとで聞いたところでは、番組ではそのまま「『代わりばんこ』は製鉄から」という結論になったようです。私に電話してきた意味はありませんでした。
専門家への取材は、台本が固まる前に行うべきです。
視聴者の側も注意を
私は、大学の授業で、テレビで放送されたあやしげな説を悪い例として取り上げ、ことばを学問的に観察する方法について説明することがあります。
「このことばの語源を、テレビでは○○と言っていましたが、実際には××です」ところが、学生の中には「○○が語源だと知ってためになりました」と、テレビが正しいかのような感想を述べる人がいます。「テレビで○○と言っている」という部分だけが印象に残ったようです。
授業を聞いていないと言えばそれまでですが、テレビの言うことがそれだけ信頼されている証拠でもあります。制作側が、「たかがことば」だと考えて、いい加減な番組を作ることは、視聴者への裏切りになります。
視聴者である私たちの側も注意する必要があります。「意外でおもしろい」と思う説に接しても、鵜呑みにせず、手近の国語辞典で確認してみるといいでしょう。複数の辞書に当たることができれば、なおけっこうです。
「代わりばんこ」に関しては、『三国』の旧版では語源に関する説明はありませんでした。でも、先のような経緯があったため、以下のように注を加えました。
「かわり ばんこ[代わり番こ](名)〔「こ」は接尾語〕順番をかわりあってすること。かわるがわる」
簡単な注ですが、少なくとも製鉄と関係がないということは、これで分かってもらえるはずです。
<著者紹介>
飯間浩明(いいま・ひろあき)
日本語学者、国語辞典編纂者
1967年、香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。専門は日本語学。『三省堂国語辞典』編集委員。国語辞典の編纂のため、新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集する日常を送っている。早稲田大学などで非常勤講師。NHK Eテレ「使える!伝わる にほんご」講師。
著書に『辞書を編む』(光文社新書)、『辞書に載る言葉はどこから探してくるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『三省堂国語辞典のひみつ』(三省堂)などがある。