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博多一風堂店主が実践した「7つの習慣」~自分を変えなければ、未来は変わらない

河原成美(株式会社力の源カンパニーファウンダー)

2016年06月24日 公開 2023年02月01日 更新

『「7つの習慣」と「一風堂」』より一部抜粋

一風堂

 

不変の成功法則をラーメン店スタッフが実践

「依存」から「自立」への第一歩を踏みだす

 人は誰しも人生の主人公である……。

 人生の主役は他の誰でもない自分自身で、決して脇役にはなれない。選択肢は星の数ほどあるがひとつしか選べない。

 このことが見えてきたのは、26歳で「自分の店を開き、飲食業に生きる」と決心したときでした。

 1979(昭和54)年に、わずか5坪のレストランバー「AFTER THE RAIN」をオープンしました。ずいぶんと遅いスタートでしたが、そのとき、私は生まれて初めて「自分自身」と真剣に向きあったのです。

 それまではとても「中途半端な人生」を歩んでいました。

 1952(昭和27)年、福岡の片田舎で4人兄弟の末っ子として生まれました。父は美術の教師で、兄たちは学校を卒業すると新聞記者、パイロット、美術大学講師というそれぞれの道を歩んでいきました。

 兄たちの姿を見て、誇らしい反面、プレッシャーを感じていたのかもしれません。高校を卒業すると待っていたのは文字どおり「中途半端な人生」。

 美術大学を目指した時期もありましたが真剣になれず、役者になりたいと思っては断念し、結局は親のコネで大学に入りました。

 そして、卒業後は兄の口利きで当時勢いのあった小売流通業に就職し、なんとなく身を置いていましたが、結局、その仕事も辞めてしまったのです。

 何をやっても長続きせず、何か不遇なことが起きると、「人」「モノ」「環境」のせいにしていました。とにかく自分の人生について、自分の頭で考えることから逃げだしてばかりだったのです。

 自ら動かなければ、人生はすべて運まかせ、他人まかせになってしまいます。

 「AFTER THE RAIN」のオープンが、「自分自身で勝負しよう」「自らの主体性を発揮していこう」と人生を切り替えたタイミングとなりました。自分がやりたいことを見つけ、自ら人生を選択し、自分の行動に責任を持って、己の足で歩む。それまでの「依存」から「自立」への第一歩を踏みだしたのです。

 わずか10席の小さな店。しかし、私にとってそこは大きな舞台でした。自分が先頭に立ち、店を繁盛させる飲食接客業。世の中にこんなにもおもしろい仕事があるのかと、毎日が刺激的で、毎日の営業が楽しくてしようがない。それまでとはまったく違う景色で自分の人生が見えるようになりました。

 店の経営はうまくいき、3年後には繁華街へ移転します。それまでの4倍も集客できる

スペース。自分よりも若い男性スタッフをたくさん雇い、どんどん活気あふれる店になっ

ていきました。おもしろいようにお客さまが集まり、おもしろいようにお金を生みだす店

になりました。

 そのことで、私の人生に、また新しいステージが用意されることになったのです。

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自分だけでは何もできない

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