天分の発揮~松下幸之助が重視した「自分流」
人間はおのおの異なる天分を与えられていると考えていた松下幸之助。他人の真似や模倣で満足する風潮に危機感を覚える一方、自分自身の天分を生かしていくことに生きがいがあるのだと訴えた。どうしたら天分を見出すことができるのか。
徳川家康ブームに警鐘
日本が高度経済成長を謳歌(おう か)していた1960年代前半にベストセラーとなった山岡荘八の『徳川家康』(講談社、全26巻)。家康のリーダーシップに注目が集まり、小説にもかかわらず「経営者のバイブル」とまで言われた。
中国でも、14.2パーセントという非常に高い成長率を達成した2007年の11月に翻訳出版(南海出版公司、全13巻)され、一年数カ月のうちに総計200万部も売れたという。
この中国版のオビには、松下幸之助(以下、幸之助)が同書を〝必読書〟に挙げていたとある。版元にしてみれば、日本と同様、〝経営書〟としても読まれることを狙ってのことだろう。
幸之助は確かに『徳川家康』の読者だった。全巻を買いそろえ、ひまを見つけては読んだという。ただ、この長い小説を通読したのか、愛読者だったのかどうかは不明である。世間で話題になっている上、周囲の経営者がいい本だと薦めるので、読んでみたというのが実情らしい。
1976年3月、幸之助はNHKのテレビ番組に出演した。視聴者である中小企業の経営者から「統率力を得るためにはどうすればよいか」という質問を受け、こう答えた。
「これはね、自分で会得しないとしゃあないですな。こうすればいいとか、ああすればいいとか、言うことを聞いて参考にすることはよろしいけど、本当にそれを身につけるにはね、自分で体験して、悟らなければしゃあないですな」
みずから会得するしかないという幸之助の回答に、具体的な手法を期待していた経営者はがっかりしたことだろう。しかし幸之助は、自分があえてノウハウなどを教えない理由として、十数年前の『徳川家康』のベストセラー現象に触れる。
当時、周囲の人たちは、「こういう時はこういうことをやりよったのや、これはいいな」などと言って、同書をあたかも経営のハウツー本であるかのように読んでいた。幸之助はこうした風潮に危機感を覚え、同書に夢中になっている経営者に対して、「家康でない人が家康の通りにしたら失敗する。そんなん読んで真似したらあかんぞ」と忠告をしたという。
幸之助はこのエピソードを紹介した上で、「自分なくして傍の意見を聞くというのは非常に危険や」と視聴者に向けて述べ、人に教えを請う前に、まずは自分の考えをしっかり持つことが大切だと強調した。