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節電社会にこそ電気自動車を

2011年09月12日 公開

清水 浩(慶應義塾大学教授)

《 『Voice』 2011年10月号より 》

画期的な省エネ社会が実現!

 いま自動車は大きな曲がり角にある。ハイブリッドをはじめ環境対応車への動きはますます急である。どの技術がメインストリームになるか、そして新技術の爆発的普及はいつごろか、その見極めの正否によって、今後の日本経済の行方も大きく左右されることになるだろう。

 私は、これから間違いなく、電気自動車の時代がくると確信している。電気自動車こそ、究極の「エコカー」であり、いまや性能も、加速性能、航続距離ともに、これまでのガソリン自動車と比べても優位に立ちつつあるからである。

 先日も、あるヨーロッパの自動車メーカーの方から、「2020年ごろには自分の会社も電気自動車を大量生産しているのではないか」という予測を聞いた。それに備え、現時点でも電気自動車にかなり大量の人員を投入して開発を進めているという。だが私は、この時間感覚はむしろかなりゆっくりしているように思う。電気自動車の爆発的普及期はもっと前倒しでくるのではないか。

 「iPod」にしても、世界を席巻したのはあっという間の出来事であった。もはや電気自動車は性能的には十分以上の段階にまで達しているのだから、魅力的な製品が投入され、「電気自動車でなければ」という付加価値が認められるようになれば、人びとがこぞって電気自動車を求めるようになる状況が、これから3~4年後にきても、おかしくはないと思うのである。

 日本は、ここで後手に回ってはいけない。これまで培ってきた先進的なエコカー大国の立場を明け渡すことがあってはならないはずだ。

 だが、ここにきてわが国では、「これから電気自動車を推進するのは無理なのではないか」という声が上がるようになった。東日本大震災で福島第一原子力発電所が事故に見舞われ、日本の電力状況はきわめて厳しい状況に追い込まれてしまったからである。

 たしかに、これだけ節電が求められる社会になれば、「電気を使う」電気自動車は、一見、使ってはいけないもののようにみえてしまう。だが、それはあくまで、イメージだけの問題である。全体を考えるならば、じつは電気自動車こそが、これから節電社会をつくりあげるために、きわめて有用で大事な乗り物であることがわかる。むしろ電気自動車こそが、世界の電力事情を救う「鍵」の一つになるのである。

 第一のポイントは、電気自動車はガソリン自動車に比べて、効率が非常に高いということである。たとえば、今回われわれが開発した「SIM-LEI」というクルマは、一充電航続距離で約300km走ることができる(JC08モード)。搭載している電池の量は、約25kWh。これは、すでに市販されている電気自動車とほぼ同容量の電池であり、しかも、これまで販売されてきた電気自動車に比べて、同じ電池の量で1.5倍から2倍長く走れる。

 これを普通のガソリン車と比較するとどうか。換算すると、「SIM-LEI」はリッター当たりおよそ70km走れることになる。つまり電気自動車は、いま低燃費を誇るハイブリッド車(リッター当たり30km前後)の倍以上の低燃費なのだ。

 もし、バス、トラックも含めてすべての車が電気自動車になったら、電力はどのぐらい必要になるのだろうか。計算すると、年間で約1000億kWhである。これまでの日本の電力消費量は、年間でおよそ1兆kWhであったから、10%ほど電力消費量が増えることとなる。

 これを多いとみるか、少ないとみるかは、人によって異なるだろう。しかし、間違いなくいえることは、このぐらいの電力消費量なら、夜間に発電された電力で充電することを前提にすれば、現時点からまったく発電所を増やすことなく、十分に賄える量だということである

 そのための燃料はどこからもってくるか。すべての自動車が電気自動車になったとすれば、これまでガソリン車やディーゼル車用に使っていた石油を発電所に回せばいい。しかも、燃費が向上する分、その必要量はいまより少なくて済む。

 電気自動車がリッター70km走れるのに対し、現在のガソリン乗用車の平均燃費はおよそ15km弱(JC08モード)になるであろうことを考えれば、社会全体の自動車の燃料消費量は5分の1ほどになる。いま、日本の石油輸入のうち、およそ35%が自動車用燃料として使われているが、これが5分の1でよいことになるのだ。

 単純にすべての車が電気自動車に置き換わっただけで、画期的な省エネ社会が実現するのである。

家に大容量電池がある快適さ

 第二のポイントは、電気自動車が家庭用の巨大な充電設備となることである。たとえば、「SIM-LEI」が積んでいる25kWhの電池は、普通の家庭で使う2日分の電気を蓄える能力をもっている。ということは、夜のあいだに充電をしておけば、昼間の使用電力ピークのときに、電気自動車の充電池からの電気を十分に使えるということである。

 毎日300km以上走る人ならば別だが、昼間は自動車はガレージに停めていることが多いという人であれば、使い途は大いに広がるだろう。

 今年の夏は、電力ピークの猛暑の時間帯に冷房を入れることをためらう人も多いはずだ。この電力不足はいつまで続くのか。原子力発電所が停止しても、新規に発電所をつくるのは10年スパンで考えなければならない。まったく気が重くなる日々である。だが、自宅に電気自動車があれば、そこに充電された電気を使って、気兼ねなく冷房を使えるようになる。新たな「快適社会」が到来するのである。

 最近、スマートグリッドという言葉を聞くことが多くなった。これは電力管理のIT化を進め、太陽光発電や小水力発電、風力発電などの多元的な発電を組み合わせることによって、社会全体でより「賢い」電力供給網をつくろうという発想だ。

 たとえば、いま日本では、各電力会社は夏の電力供給の最大ピークを賄うためだけに、普通の状態であれば過剰とも思えるような発電所能力を整備しつづけてきた。ここでスマートグリッド化を進め、電力需要のピークや、発電電力量をうまくコントロールできるようになれば、そこまで過大な設備を抱えずとも、十分にやっていける社会になる。

 これまで、太陽電池や風力発電、さらに電気使用を賢く管理する「スマートメーター」などは次々と開発されてきているが、一つの大きな問題は「電気をいかに貯めるか」であった。電力網に流れる電気が多すぎても少なすぎても「停電」という事態を招いてしまう。使う電力が多いときも、少ないときも、そこにバッファーとして「電気を貯める」機能があれば、余った電気はそこに貯め、足りない分はそこから使うことで、電力網を正常に保つことができるのである

 ただし、蓄電池はまだまだ価格が高い。「スマートグリッド」を実現するためだけに各家庭が購入するのは、とても算盤が合わない。だが、電気自動車では事情がガラリと変わってくる。電気自動車にとって大容量の電池は、「なくてはならぬもの」である。しかも家庭では、つねに自動車を走らせているわけではないから、電気自動車を購入した家庭の多くが、大容量の電池とともに生活することになるだろう。

 社会全体の電力使用ピークが、電気自動車の充電池効果によって低減すれば、発電所の過大な能力は必要ではなくなる。無理に節電しなくても停電など起こらぬ社会になる。

『フジサンケイ・ビジネスアイ』(5月23日付)が、次のようなエピソードを紹介している。

「『「エスティマ」があったおかげで、携帯電話の充電からお湯まで沸かすこともできました。このクルマをつくったトヨタに感謝しています』。トヨタ自動車の豊田章男社長に、被災者からのこんな手紙が届けられた。ミニバン『エスティマハイブリッド』には、100ボルトの交流電源用コンセントが全席の中央と荷物入れの横に二つ装備され、車両のバッテリーを通常の電源同様に利用できる機能がある。もともとは、アウトドア用途向けを想定していたが、震災でも有効に働いた格好だ」

 各家庭が電気自動車を電力源として、電力が足りないときの補助に使うことができるようになれば、社会のさまざまな景色が変わってくるだろう。まさに一石二鳥である。

 さらに第三のポイントは、もしこの電気自動車と、太陽光発電を組み合わせたらどうなるか、である。

 じつは、「SIM-LEI」を停めるガレージの屋根に太陽電池を付けると、年間で1万5000km走行できるだけの電気を発電できる計算となる。「SIM-LEI」の車体は全長4.7m、全幅1.6mだから、ほぼこの大きさで効率10%の太陽電池を付けたことを想定した場合の数字である。もちろん、実際の条件によってこの値は大きく前後するだろう。しかしそれでも、これだけの距離を走れるとなれば、多くの家庭では、自宅で発電した電力だけで、毎年の走行距離のかなりの部分を賄えることになるはずだ。


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