ミスターROE・伊藤邦雄氏も評価する「立命館出身社長の経営力」
2025年04月02日 公開

伊藤邦雄・一橋大学CFO教育研究センター長
上場企業の最終学歴を集計し、社長数の多い大学を各経営指標で分析した調査でROE部門1位に輝いた立命館大学。近著『立命館がすごい』を著した同大学客員教授の西山昭彦氏が「ミスターROE」の経営学者に取材し、秘訣に迫った。
日本の経営を変えた「伊藤レポート」
ROE(自己資本利益率)については、この方に聞かないわけにはいかない。「ミスターROE」と呼ばれ、わが国企業にROEの重要性を説き、その後も様々な側面で企業変革をリードしてきたのが伊藤邦雄・一橋大学CFO教育研究センター長である。
伊藤先生は2013年、経済産業省に「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家との望ましい関係構築~」プロジェクトが発足した際、その座長を務めた。
2014年に通称「伊藤レポート」が発表され、国内外から大きな反響を呼んだ。資本コストを上回る企業経営の必要性を説き、わが国で初めて「ROE8%を上回る資本生産性を上げることが必要である」と提言された。
そこが大きな転換点となり、今日まで日本企業はROEを意識した経営に取り組んできた。東証の発表(2024年7月22日)では、2024年3月期の全上場企業の平均ROEは9.50%(前年9.07%)で8%を越えている。
約6割がROE8%以下
しかし、先の『日本経済新聞』記事(「デキる経営者、どこ大出身?」2025年2月26日付)では、上位25大学の出身社長の中でROE8%以上は9大学にとどまり、約6割が8%以下にある。
伊藤先生は、その後も一貫して企業価値の向上を目指して、政府の研究会等で日本企業の変革の方向性を示し、実践的組織づくりも行なってきた。日本の経営学者でここまで多面的な活躍をした人は歴史的にいないのではないか、と思う。
さらに今日、ウェルビーイングイニシアティブ経営委員会座長として経営トップの研修に力を入れるとともに、「日経統合ウェルビーイング調査(伊藤版Well-beingスコア)」という独自開発した指標を用いて従業員のウェルビーイングを「見える化」し、具体的な施策の検討に活かすサポートを行なっている。
また、一橋大学CFO教育研究センター長を務める伊藤教授が責任者として2015年から始めたエグゼクティブプログラム(一橋財務リーダーシッププログラム:HFLP)は約1400名の卒業生を出し、日本企業のコア人材を育成してきた。土日の多くは合宿でご本人の負担はとてつもないが、「楽しいから続くんですよ」と陽気に笑う。
大学の持つ無形資産
さて、伊藤先生にまず、ROE日本一になった立命館大学の記事について聞いてみた。
「PBR(株価純資産倍率)2位も含め、これは立派な成績ですよ。大学の革新的試みや風土は、学生から卒業生に伝わり、それが卒業生の中の経営者にも伝わっていくものです。立命館出身の経営者や企業人が自らの経営観や事業創造の話をいろいろな機会にする中で、それが卒業生はもちろん世の中全体に波及していく。それはその大学の持つ無形資産なのです」
前の記事で大学内の動きが間接的に1位につながっているのでは、と仮説を述べたが、このような波及の流れがあると、話は卒業生へとつながる。
「また、卒業生自身の活動も大事ですね。お互いに人的ネットワークの中で切磋琢磨する機会があり、ビジネスでも相互にサポートしあう関係があれば、出身社長の成果は拡大します」
実際、立命館大学の卒業生組織・校友会には38万人が所属し、全県に支部がある。支部総会には、副学長クラスが顔を出す。その中には、経営者の会もある。同記事の3つの仮説とも、肯定的な評価をしてくれた。
次に、大学の問題を離れ、伊藤レポート以降の10年を振り返ってもらった。
「これまでの活動は、下図の企業価値向上のアーキテクチャを見ていただくと、流れが3段階で整理できます。現在まで、当初思ったことの8割くらいを達成できたかなと思います。いま取り組んでいるウェルビーイングは、個々の社員の個性、多様性を活かしながら経営のテーブルに載せ、アウトプットを最大化するもので、とても難しい課題です。でも、それをやることで、よい人材が集まる会社になれます」
「経営は総合格闘技」
これまで人的資本の話は主として大企業でされてきたが、広島県で新たな試みがなされている。
県庁が県内企業の「人的資本経営」の取組を支援する独自の取組を「人的資本経営ひろしま。」と名付け、人的資本経営の促進に力を入れている。約150社の中堅中小企業のサポートを伊藤委員長が行なっており、「規模が小さい分社員意識の向上は速い」という。
最後に、企業の今後の方向について聞いた。
「経営の難易度が増していきます。足下の業績を上げながら、社員の幸福、ステークホルダーの評価、長期的な成長を一緒に高めていかなければならない。経営は総合格闘技だと私は前から言っていますが、文字通りそうなるわけです。
ROE8%以下、PBR1倍以下の企業は、早急に改善していかないと試合に出る権利を失いかねないです。今回の日経の調査結果を見て、企業人の一層の奮起を期待します」