ソーシャルメディアを武器にしよう!
2011年09月20日 公開 2022年11月02日 更新
《 PHPビジネス新書『発信力の鍛え方』(藤代裕之:著)より 》
「伝える」から「伝わる」へ
◇一人の共感から始まる
情報発信したけれど、なかなか反応がない、という意見も多くあります。ソーシャルメディアの特徴は、一人で走り始めた男の周囲をいつしか人が取り巻き、伴走し始めるという映画『フォレスト・ガンプ』の有名なシーンに似ています。
ブログを始めたとき、読者の姿が見えず暗闇に向かってボールを投げるような感覚を覚えたものです。当時は新聞社の記者でしたから、つい記者の仕事と比べてしまうこともありました。仕事では社員という看板があり、名刺もありますが、ソーシャルメディアは自分のメディアなので、一人で、孤独な作業でした。
それでも続けていると、不思議なことに、ブログのコメント欄に感想が書き込まれたり、ほかのブログに引用(トラックバック)されたりするようになりました。リアルには会ったことがない人がブログに興味を持ってくれ反応を寄せてくれるというのは、どこからか見知らぬ人がやってきて、一緒に走ってくれるようなものです。
実は、新聞社で記事を書いていても読者から反応があるのはごくわずかでした。ソーシャルメディアでの反応を得るにつれて、新聞記事は本当に人に読まれているのだろうか、ただ紙が届けられているだけなのではないか、そんな疑問もわいてくるようになりました。書き手にとって読者からの反応は何よりも大事で、モチベーションにもつながります。
ソーシャルメディアは、不特定多数の人に伝えられるのが特徴です。そのため多くのユーザーからアクセスがあることが重要と考えている人がいますが、それは結果に過ぎません。顔が見える個と個のつながりがベースとなって広がっていきます。
まずは興味や関心を持ってもらえる人を一人つくることを目指しましょう。家族や友人、知人ではなく、ソーシャルメディアの情報発信で興味を持ってくれる人。なかなか難しいものです。一人が共感しなければ、複数の人が共感することはありません。
ソーシャルメディアで多くのアクセスや人気を集める人も、ガンプ同様に最初から多くの伴走者がいたわけではありません。まず一緒に走り始めてくれる一人の共感から始まります。共感というのは、相手がいないと成立しません。だからこそ相手のことを考えることが大切です。
◇誰のために、何のために
何かを「伝える」際には、誰に、何のために伝えるのかを整理しておかなければなりません。ここではラブレターのたとえを使います。
ラブレターの場合、相手は明確です。相手が誰かわからずにラブレターを渡す人はいないでしょう。ソーシャルメディアの場合は、不特定多数に情報を発信できるので、伝えたい人の顔が見えなくなりがちです。どんな人に伝えたいのか、どんな人とつながりたいのか、自分の中で整理しておくことが必要です。
次に目的です。この目的が忘れられがちです。アクセス数やフォロワーの数が多いことは、悪いことではありませんが、目的ではありません。誰でもいいから、とにかくたくさんのラブレターをあげたい、もらいたいと言っているようなものです。
ラブレターは「自分の気持ちを伝える」ことも重要な目的ですが、実際には、相手とデートしたい、付き合いたいといった、思いを伝えたあとの行動が目的であるはずです。ラブレターを渡して、「自分の思いを伝えるだけでいい」という思い出づくりの人もいるかもしれませんが、受け取った側は困惑するでしょう。
プライベートだけでなく、ビジネスのコミュニケーションでも同じです。「とりあえず会いましょう」といったメールや電話をもらうこともありますが、「なんだ、売り込みか」とか「何のために会ったのだろう?」とガツカリしたことはありませんか。アポイントを入れる側の伝えたいことと、会った人の期待することにミスマッチが起きているのです。売り込みや、コネ作りの日的、もしくは単に会うことが目的のこともあります。忙しいビジネスパーソンが不純な目的のアポイントを経験すると、相手へのネガティブな印象が残るでしょう。
このようなミスマッチは、一方的なラブレター同様に、相手のことを考えない行動が引き起こしています。モテる人というのは、相手の気持ちを考え、相手が喜ぶこと、得をしたと感じることを提供できるのです。そのために大切なのは相手を知ることです。
◇相手とは話題でつながる
「敵を知り己を知れば、百戦して危うからず」。
中国の著名な思想家・孫子の言葉です。コミュニケーションは戦争ではありませんが、自分も相手も知ることが大事という教えは、基本的なことだと言えるでしょう。記者が記事を書く際も、いきなり書き始めるのではなく取材活動を行いますし、研究者も先行研究や実験を行います。いきなり論文を書き始めたりはしません。情報発信のためのインプットに多くを割いています。
なぜ相手を知る必要があるのか、それは自分の関心事と相手の関心事が重なっているところがコミュニケーションのかけ橋になるからです。共通の話題があると会話が弾むのと同じです。ビジネスパーソンに『日本経済新聞』が読まれるのも、互いに共通の話題が探しやすいからでしょう。そして、相手の興味を調べることで、より共通の話題でつながりやすくなります。
自分のニュースや関心を押し付けるだけでは「伝わる」情報発信にはなりません。自分事から脱却し、相手や社会の関心を気にしながら、自分と興味が重なる部分を探すことす。そのためにはまず相手の話を聞かなければなりません。ラブレターを渡す前に、相手のことを知り、「聞く」必要があります。伝えることばかりに気を取られ、相手の思いや立場、困っていることに目が届かなければ、人とつながることはできないのです。
情報発信する際は、自分に興味を持ってもらいたい、相手に話を聞いてもらいたいというのが先になってしまう人が多いのですが、立場を置き換えて自分が誰かから話しかけられる場面を考えてみましょう。相手の興味があることばかり話されても聞く耳を持てるでしょうか。まず、相手に関心を持ってもらうことこそ「伝わる」秘訣です。相手の話を聞く、知るというのは、既にリアルに知り合っているからできることではないかと言う人がいるかもしれません。しかし自分の考えや出来事を発信しているソーシャルメディアには、リアルに知っていなくても相手のことを理解することができるヒントが溢れています。そして、ソーシャルメディアで相手のことを知るトレーニングは、リアルでのコミュニケーションにも応用することができます。
藤代裕之(ふじしろ ひろゆき)
ジャーナリスト。学習院大学・早稲田大学非常勤講師。プログ「ガ島通信」運営、日本経済新開電子版「ソーシャルメディアの歩き方」連載中。
1973年、徳島県生まれ。広島大学文学部哲学科卒、立教大学21世紀社会デザイン研究科修士課程修了。大学卒業後に、徳島新開に入社。記者として、社会部で司法・警察、地方部で地方自治などを取材。文化部では、中高生向け紙面のリニューアルを担当し「若者の新聞離れ」対策に取り組む。2005年からNTTレゾナント(goo)。ニュースデスク、CGM編集長、新規サービスの開発を担当。学習院大学ではメディアリテラシー、早稲田大学大学院ではジャーナリズムスクールでインターネットを活用したライティングを教える。
日本広報学会理事。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。