遠回しな自慢が多くて、うっとうしい人
素直に「うれしい」って言えばいいのに……
「この間、会社の慰労会で、A部長から〝君だけが頼りだ〟なんて言われちゃってさ、まったく気が重いよ」
「うちの娘が、今度のバレエの発表会で主役になっちゃって、衣装代がバカにならないのよ。ほんと困るわ」
ぼやいているのか、ほめてもらいたいのか、はっきりしない「遠回しな自慢」を聞かされること、よくありますね。どうせならはっきりと言ってよ、というところです。
「A部長から頼りにされてるみたいなんだ。頑張りがいがあるよ」
「娘がバレエの主役に選ばれたの。娘の努力が実ってうれしいわ」
こんなふうにさわやかにストレートに言われれば、言われた方としても、
「たいしたものじゃないか。応援してるぞ」
「すごいわね。すてきな娘さんがいてうらやましいわ」
などと、素直に反応することができるのに、まったくもって面倒な限り。
言葉だけではありません。たとえば、訪問先のリビングに、所狭しと優勝トロフィーが飾られてあったり、「かわいい孫の写真」が並べられていたり。
それに気づいたら上手にほめなければ、招かれた側としてのお務めをはたしたことにはなりません。けれどもほめたが最後、今度は本物の直球自慢がえんえんと繰り広げられる可能性もあります。
かといって、うっかり気づかずにスルーした場合、相手のご機嫌を損ねてしまいかねないでしょう。
アイデンティティを保つための自己提示だととらえよう
こうした人は、じつは心のどこかに埋めきれない寂しさを抱えています。そしてその空洞を、なにかで埋めようとしています。それが自慢の対象であり、その人にとって、アイデンティティとなっている場合さえ少なくありません。
上司にほめられたことを自慢したい人は、その上司や会社で認められることを、自分の拠り所としています。子どもや孫の自慢をする人は、その存在が、幸せや生きがいの象徴なのかもしれません。
彼らはそうした対象物をとおして映し出される、幸せな自分そのものを、見てほしくて仕方ないのです。
それで周囲を巻き込もうとするわけです。けれど、ストレートに喜んでいる姿やはしゃいでいる様を見せるのは、プライドが許しません。それで、「遠回しな自慢」をついついやってしまいます。
こうした「遠回しな自慢」に遭遇した場合は、ああ、この人は「自己提示」したいのだな、と、理解してあげるといいでしょう。自己提示とは、セルフ・プレゼンテーションとも呼ばれ、他人に自分がどう見られたいか、を考えて演出することです。
この場合「仕事のできるヤツだと思われたい」とか、「賢いママや、優しいおばあちゃまに見られたい」などといった目的に合わせて、情報を流すことがそれにあたります。
相手がどう演出したいのかが見えれば、それをひと言言ってあげればいいのです。そうすれば、相手は心が満たされるでしょう。
「君の手腕は誰もが認めているよ」
「かわいいお孫さんに囲まれて、お幸せですね」
そのひと言で、あなたは「理解ある隣人」になることができるのです。
ただし、それ以上のおべんちゃらを言わないよう、要注意。
ある程度の距離を置いておくことで、〝えんえん続く自慢話〞に巻き込まれないようにしてください。
「さすが、仕事ができる人は違いますね!」など、相手が喜ぶ言葉をかけてあげれば、満足してくれるでしょう。