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小早川秀秋の関ケ原での優柔不断、その後の乱行は、すべて病気のせいだった!?

2017年06月16日 公開

若林利光(脳神経外科医)

不可解な行動を生んだ病気

関ヶ原の戦いの最中まで東西どちらにつくか決断できなかった小早川秀秋の謎は、謎ではなく必然だったのだ。また、乱行伝説のとおりではなくとも、秀秋が実際に異常な行動をとった可能性は大いにあった。それはなぜか。解析してみよう。

関ヶ原の戦いでの小早川秀秋の不可解な行動は、彼の病気に起因するのだ。では、秀秋の病気、およびその異常な早死にの原因は何だったのか。そのヒントは思わぬところにあった。秀秋の病気を記した古文書の大発見、と言いたいところだが、すでに史料として確立している文書だ。ただ、医学的に適切な解釈がされていなかったのである。その解釈を初めて行ったのが本小論だ。

一般に、歴史家、文学者は史料の探索・収集、人文科学的なことの読み解きには秀でているが、医学も含め自然科学的なことになると、内容の理解が不十分なことがある。それに対し、医師は医学的知識は豊富だが古文書を読み解けないし、その内容に関心がないことが多い。そのはざまに秀秋の謎が漂っていたのだ。

秀秋は、この時代の伝説的名医・曲直瀬玄朔の診察を受けていた。そして、その病状は玄朔の診療録である『医学天正記』の「黄疸」の章に次のように記されていたのだ。

岡山中納言秀秋公 十八九才
酒疸一身黄心下堅満而痛
不飲食渇甚

まず、岡山中納言と書かれている。秀秋は関ヶ原の戦いの後に、それまでの筑前から岡山(備前・備中・美作)51万石になった。それが11月なので、それより後の診察であったことがわかる。関ヶ原の戦いのあった年、秀秋は数え19歳だ。年をこすと20歳となるはずなので、関ヶ原の戦いのあった年の11月か12月の診察時の所見ということになる。

病名は酒疸だ。酒疸とは大酒による黄疸のことだ。そして、この後の部分が重要なのだ。

秀秋は全身が黄色く、心下(心窩部)が硬く腫れて痛みがあり、飲食ができず、激しいのどの渇きがあったと記されている。

アルコール性の肝障害の症状だが、黄疸があったので重症だ。そのような重症の肝障害で、心窩部(みぞおち)の触診(指先で体の表面を押さえて臓器の異常を診察すること)でとらえられた、硬く腫れた臓器といえば肝臓だ。また、触診により痛み(圧痛)があったのだ。

硬く腫大した肝臓がふれて黄疸があるので肝硬変だ。酒が原因であることは明らかなので、アルコール性肝硬変である。普通、アルコール性肝硬変といえば、中年以降のアルコール依存症に多く見られる。しかし、信じ難いことだが、秀秋はわずか数え19歳でアルコール性肝硬変であった。

だが、驚くにはあたらない。昔の武将たちは11歳から17歳の間に元服して大人の仲間入りをしたので、若くして酒浸りになる者が多かった。そのため、「酒害」で早死にした例は多い。未成年の肝臓は、まだ未成熟なので成人よりもはるかに飲酒の被害を受けやすいのだ。このような特殊事情をわかっていないと、秀秋のように若くして肝硬変になることは理解できないだろう。

 

肝性脳症による異常行動

秀秋はこの年にもう一度、曲直瀬玄朔の診察を受けていた。前述の『医学天正記』には次のように記述されている。

備前中納言秀秋公 年十八九才
酒渇嘔吐胸中煩悶全不食
尿赤舌焦乾脈細数

大酒の後、嘔吐し胸痛を訴え、食べることができなかったのだ。そして、尿が赤かったのである。肝硬変などの重症の肝障害があると、高ビリルビン血症のために尿が赤褐色、つまり赤レンガのような色になる。黄疸尿とも呼ばれるものだ。このように、秀秋はアルコール依存症からアルコール性肝硬変になっていたのだ。

19歳で黄疸が出るほどの病状だったのだから、その後2年もあれば肝硬変がさらに悪化し死に至った可能性は高い。アルコール性肝硬変の5年生存率は、飲酒を継続した場合、わずか30パーセントしかないのだ。「3年の間にたたりをなさん」という言葉を本当に大谷吉継が言ったとしても、吉継の呪い自体が秀秋の命を奪ったのではない。酒だったのだ。自分の裏切り行為を悔やみ、それを紛らわすために飲んだ酒が秀秋の命を奪ったのである。大谷吉継の呪いの言葉があったとすれば、それを酒で忘れようとしてさらに酒量がふえたのかもしれない。

秀秋は精神異常の果てに死んだという説があるが、興味本位の説と切り捨てることはできない。むしろ真実を伝えている可能性が高い。なぜなら肝硬変があると、肝臓で脳に有害な物質の代謝がうまく行われなくなって、肝性脳症といわれる脳の障害が起こるからである。

そのため、精神に異常を来すことがあるのだ。秀秋に若くして肝硬変があったのは、まぎれもない事実だ。

肝硬変には、全身倦怠感、食欲不振、黄疸、女性化乳房、精巣萎縮などの症状がある。アルコール性肝硬変では肝腫大と、くも状血管拡張を認める例が多い。

肝硬変で特に問題なのは、行動や判断などに影響を与える肝性脳症だ。肝性脳症は軽症の場合は異常に気付かれにくいこともある。症状としては、まず最初に、睡眠と覚醒リズムが逆転し態度がだらしなくなる。時に抑うつ状態になるが、多幸が見られることもある。いわゆるハイな状態で、異常に気分爽快で上機嫌となる。

さらに悪化すると、失見当識といって時や場所がわからなくなり、物をとりちがえたりする。また、お金をまき散らしたり、化粧品をゴミ箱に捨てたりするなどの異常行動が出現する。普通の呼びかけで開眼し、会話はできるが、眠りがちになる。無礼な言動が見られることもあるが、医師などの指示には従う態度を見せる。実際、アルツハイマー型認知症と区別がつきにくい肝性脳症の患者は多い。

さらに悪化すると、しばしば興奮状態や、せん妄状態を伴い、反抗的態度を見せ、以下に述べるような症状が出現する。注意を集中・持続できない。昼夜が逆転し夜間は不眠、日中は傾眠状態となる。時間や場所がわからなくなる。幻覚症状、特に幻視が見られ、まれに幻聴も見られる。思考はまとまりを欠き判断力が低下する。その他、作話、妄想なども見られることがある。なお、このようなせん妄は、肝性脳症以外に、悪性腫瘍、糖尿病、腎性脳症、循環器疾患、神経疾患、呼吸器疾患などで見られることもある。

さらに、嗜眠状態となりほとんど眠っているようになる。刺激で開眼しうるが、医師の指示に従わないか、従えないようになる。そして、さらに進むと、昏睡状態となるのだ。

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