アートコーポレーションの企業理念
2018年05月07日 公開 2024年12月16日 更新
引越専門業者がまだ世に存在していなかった1970年代前半に、オイルショックによる経営難からの挑戦として、アート引越センターの歴史は幕を開ける。気づかいを感じさせるサービスやユニークなテレビコマーシャルなどで話題を呼び、大阪発の小さな運送会社が一気に全国展開を実現した。女性経営者としても長年世間の注目を集め続けた寺田千代乃社長に、同社の企業理念について伺った。
取材・構成:森末祐二
写真撮影:後藤鐵郎
企業理念の制定と継承
松下 私どもはパナソニックにおいても、PHP研究所においても、創業者である松下幸之助の教えを受けて、「企業理念」というものを非常に大切にしており、これにもとづく理念経営の実践に努めてまいりました。アート引越センターさんとして、企業理念というものを意識されるようになったのは、創業当初からでしょうか。あるいは途中からでしょうか。
寺田 私どもが理念の大切さや必要性を感じたのは創業当初ではなく、途中からでしたね。最初はとにかく「前へ、前へ」と進むことしか考えていなくて、「攻撃は最大の防御」といいますが、ただがむしゃらに前を向いて走っていたんです。
でも、やがてある時、「ちょっと待てよ。私たち経営陣は前を向いて走っているつもりだけど、社員たちはみんなついてきてくれているのかな?」と思い、自分たちのやり方を客観的にチェックして、間違ったことがあったら直さなければいけないと気づいたのです。そこで「反省と挑戦」という意識を常に持つようにしました。
自分たちなりの企業理念をつくろうと考えたのは、同友会に入会し、その中の中堅企業委員会の委員長を務めていた時のことです。いろいろな業種の経営者の方々とディスカッションしているうちに、理念の重要性を痛感したのです。
松下 御社の理念は、どのようにしてつくられたのでしょうか? すべてご自身で考えられたのか、あるいは何か参考にされたものはありますか?
寺田 わが社で理念をつくる際、まず専務に案を出してもらうことにしました。そうするとわずか10分か15分くらいで下書きをつくって、持ってきてくれました。
私は驚いて、「えっ、なんで?もうできたの?」と思わず言ってしまったんですが、その時専務は、「これは社長がいつも会議などで話していることばかりです。それをまとめたら、だいたいこの5つになりますね」と説明してくれました。
私たちの世代の大半の経営者は、松下幸之助さんの書籍を読んで勉強しております。経営者は常に難しい問題に直面して悩んでいるものですが、松下幸之助さんの本を読むと、経営に関する難題を解くヒントがわかりやすく書かれていて、力をいただくことが多いのです。私どもの理念においても、「お客様の満足」を重視することや、ステークホルダーとの「共存共栄」を目指していくといった意味合いが含まれていますが、これらは知らず知らずのうちに松下幸之助さんに感化されていたのだと思います。
松下 ありがとうございます。やはり会社を経営していく上で、理念を持つことは非常に重要だと思います。
同時に、理念を継承していくことも不可欠になってきますが、これはなかなか大変なことでもあります。パナソニックでも、創業者が亡くなってからずいぶん経ちますから、現役の経営陣の中で直接教えを受けたのは、もう私一人になりました。そうした中で、どのように理念を継承していくかが課題となっています。
アート引越センターさんの場合、寺田社長が現役でバリバリやっておられますから、部下の方々は直接お姿を見て、声を聞くことができます。しかし、これから時間が経つにつれて難しくなってくるでしょう。そのあたりはどのように考えておられますか?
寺田 当社は会議をはじめ、いろいろなかたちで社員が集まる機会が多い会社なので、その都度、みんなで理念を唱和するようにしています。それによって全社員の意識に刻みつけていくことを、日頃から続けています。
また、企業理念とは額縁に入れて飾っておくものではなく、日々の仕事の中で実践していかなければなりません。折に触れ、例えば何らかの判断に迷った時には、どうすれば企業理念に沿ったかたちで実行できるかを考えます。そのようにして理念にもとづいた仕事を行なっていくことを心がけているのです。そんな会長や私の姿を社員に見てもらうことで、自然に理念が伝わり、浸透していくのではないかと思っています。
その先の理念の継承については、もちろん私どもにとっても大きな課題であり、今現在、どのように伝え残していけばいいのかを懸命に考えている段階ですね。
本記事は、マネジメント誌「衆知」2018年1・2月号掲載、《松下正幸の志対談》より一部を抜粋したものです。