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社会

まずは企業が若者の人件費を増やせ

藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員),小黒一正(一橋大学准教授)

2010年12月20日 公開 2023年01月12日 更新

藻谷浩介

"「一人当たり生涯消費」を最重要ターゲットに

 小黒 長期化するデフレによって停滞する消費をいかに活性化させるのか。経済が縮小し続ける日本に突きつけられた待ったなしの問いですね。しかしその議論にはいくつか、前提となる事実を共有しておく必要がある。藻谷さんが『デフレの正体』(角川書店)で問われた「人口動態」の変動、つまり「生産年齢人口の絶対数の減少」と「高齢者の絶対数の激増」がそれで、この点を踏まえなければ、政策を大きく間違えることにもなりかねません。

 藻谷 たとえば首都圏の75歳以上人口は、5年前と5年後の10年間で36%も増えるという予測があります。あるいは同じ首都圏で、生産年齢人口はすでに減少に転じている。そのような世代別人口の変化を語らずに、政策議論に入るほうが難しいでしょう。

 小黒 マクロ経済の長期的な変動は、人口動態、資本蓄積、技術進歩の三つで決まります。技術進歩は予測が難しいので、基本的には人口動態と資本蓄積の動きが重要になる。資本蓄積は、成長産業に資本を移していくことで生産に結びつく。しかしそれ以上に人口動態の影響はたいへんなインパクトをもたらします。単純に考えて高齢者が増え、若年層が減るなかで、50年後も経済成長がプラスの状態を維持するのは容易ではないといわざるをえません。

 藻谷 そもそも人口動態と資本蓄積と技術進歩は、基本的には独立変数ですね。にもかかわらず、とりあえず人口減少分は資本蓄積と技術進歩でオフセットできる、と何となく考えている人があまりに多い。その時点でまず思考が科学的ではありません。さらにいえば一部のリフレ論者たちは、いまだ緩やかなインフレの下、有効需要を創出すれば景気は回復するとおっしゃっている。つまりこれは人口動態は変数には入らないという主張だと思うのですが。

 小黒 たしかに標準的な近代経済学では、人口動態が経済に与える影響は過小評価されている可能性があります。人口動態が経済に与える影響を分析する代表には「世代重複モデル(Overlapping Generation model)」がありますが、リフレ論者たちの扱う標準モデルでは、人口動態の影響は分析対象としていないものが多い。リフレ派らのモデルは物価変動と金融政策と経済変動の三者間の関係を中心にみて、人口変動はとくに重視しません。そのようなモデルが流行している、ということも大きいでしょう。

 藻谷 しかし、モデルというのは、議論を容易にするために変数を絞り込んだものですよね。私は「『近代経済学』の『マルクス経済学』化」といっていますが、思考実験にすぎないモデルのとおりに世の中が動くと思うこと自体、無理がある気がしますが。

 小黒 たとえば労働生産性のピークは40歳ぐらいですが、人口動態のボリュームが変化すれば当然、トータルの労働人口が生み出す(効率的)労働力も変わっていく。しかしそれすら通常のモデルでは捨象して分析を行なうケースもある。またマクロ的な経済成長で人口減少を補うには生産性を増やせばいい、という議論に対しては、ロバート・フェルドマン氏は「いまの生産性のままでは極論すれば、中長期的にGDP(国内総生産)維持にはゴキブリまでが働くような世界になる必要がある」といった指摘をしていますが、私も生産性の上昇でGDPを維持するのは容易ではないと思っています。国民の生活水準を決めるのはグロスのGDPではなく「一人当たりGDP」という視点をもてば違った風景がみえてくるはずですが、内閣府の発表も新聞も、あくまでグロスをプレイアップしますから。

 藻谷 人口が激増していれば、現在の中国のように国民生活があまり向上していなくとも、グロスのGDPでは日本を抜ける。人口が10倍違う国と競っても仕方がなく、そこで中国と同じ規模のGDPを維持し続けるのは、自分に課した無意味な目標になるでしょう。そして間違った目標を立てると、そこから間違った方法論が生まれてしまう。

 小黒 あらゆるところで、そのような間違った目標が蔓延していますね。たとえば大企業が停滞を続ける理由として、売上げ至上主義が大きな影を落としているようにみています。大事なのは利益率なのに、自分たちのテリトリーを広げることばかりに重点を置く。あるゼネコン幹部の方は、「たとえ損が出てもどんどんビルを建て、テリトリーを広げたいという意識が組織に蔓延して困っている」とおっしゃっていたほどです。

 藻谷 バブルのころ、銀行が預金量拡大競争に励んでいたのと同じですね。私も友人から頼まれて、ずいぶん通帳をつくったものですが、こんなに通帳を増やして間接費をどうカバーするのか不思議でした。最近では、海外からの観光客の目標数がそう。「訪日目標何千万人」といいますが、「何千万人」という数字だけが独り歩きすると、そのために無料イベントを大量に行ない、無料招待券を配り歩くという結果になる。そうなってしまえば「国内における外国人の消費額を増やす」という本来の目的が失われることは明らかでしょう。ですが、消費額を増やすというより、客数を増やすというような「部分最適化」のほうが達成しやすいので、担当者はそっちに走る。「部分最適化」の最たるものである「お受験競争」の成功体験が、学歴エリートの頭に染み付いているからでしょうか。

 小黒 まさに「手段(HOW)」が「目的(WHAT)」化してしまうわけですね。HOWというのはいろいろな選択肢があるわけですが、WHAT自体を勘違いしてしまうと、根本から論点がズレてしまう。

 藻谷 おっしゃるとおり。それと同じ状況が「内需の拡大」という点でも起こっているのです。内需拡大を「GDPの成長」と言い間違えてしまうと、とりあえず労働者をリストラしてコストダウンを行ない、輸出を増やせばよいという結論になる。たとえば化学や金属の分野で定年退職による工場労働者の自然減少が進んでいる山口県や和歌山県は、人件費の減少が製品の国際競争力を増やすので、GDPの成長率が非常に高い県です。しかし当然ながら、労働者の減少で県内の内需は減る一方。商店街や飲み屋街がどんどん縮小し、大手小売りチェーンもこれらの県には積極出店をしていない。経済成長率は日本でも指折り、でも人口は減り内需は不振、という状況になっています。

 小黒 経済学では、個人が生涯にどれくらい消費でき、そこからどのくらいの効用を得られるかを重視します。ですから、本来は「一人当たりGDP」ではなく「一人当たり生涯消費」を最重要ターゲットにすべきでしょうね。

 藻谷 なるほど。「一人当たり生涯消費」は具体的でわかりやすい。ある世代はあり余るほど消費できるのに、ある世代は消費できないとなれば、それは「不公平」ということになる。しかもあとの世代になればなるほどよいならともかく、逆であればひどい話です。

上の世代が考えられないほど、若者はお金がない

 小黒 そうやって日本経済において「人口動態」のもたらす影響を位置づければ、そこから何をすべきか、という切り口もみえてくる。キーワードの一つは「世代間格差」でしょう。個人がその生涯に政府から受け取る公的年金や医療といった便益を、生涯に支払う税金や保険料といった負担から除いたものを「純負担」(=負担-受益)といいますが、たとえばいま高齢者と若者の純負担の差額、つまり世代間格差は約1億円にも及ぶという調査があります。内閣府の年次財政経済報告(平成17年度)によると、60歳以上が約5,000万円得をしていて、若い世代が約5,000万円損をしている。衝撃的な数字です。

 これはある意味では、民主主義が合理的に働いた結果といえるのかもしれません。というのは高齢者がどんどん増える世の中で、各世代が利己的に行動すれば当然、相対的にボリュームが大きい層の声に政策は誘導される。そこで社会保障費をどうカットするか、という議論が行なわれても、高齢者がその実現を許さない。結局、それは先送りされた借金になり、若い世代の負担になるわけです。

 藻谷 企業も同じような状況ですね。日本ではいまだ年功序列の下、もうすぐ引退する人が役員として経営に当たります。さらには創業者ではなくサラリーマン社長であれば、長期的視点にはなかなか立てません。四半期決算改善のため、定年退職による人員減少を、なるべく新卒採用では補わない。年功序列賃金を守り、若い世代の給料は抑制する。しかし各社がそうすることで、定年退職した元社員や給料の上がらない若者の購買力が落ち、お互いに商品が売れず企業収益が減る悪循環に陥ってしまっています。いまの若い人たちには、上の世代からは考えられないほどお金がありません。お金があれば何がしたいかという調査で、20代では「結婚」がいちばんだったとか。結婚もできない収入では国内消費が活性化するわけがない。『デフレの正体』でも、「ではどうすればよいのか」ということでいくつか対策案を挙げていますが、まずは企業が若者の人件費を増やす、そこからすべてが始まると思います。

 小黒 たとえば最近、オートバイを買う若者が減って、50代、60代がメインの買い手になっているが、その背景には若い世代の賃金の伸び悩みや将来不安が関係している、という話を聞いたことがあります。高齢者の消費が増えているのだから問題ないという人もいますが、潜在的には、やはり高齢者よりも若い世代のほうが消費意欲をもっている点を認識すべきでしょう。将来不安を解消し、彼らにお金を移転すれば、一部は貯蓄に向かっても、かなりの額は消費に回るはずです。「若者がモノを買わない」という議論にしても、全体のボリュームが減ることで、世代自体の購買力が落ちている部分を見逃してはなりません。

 藻谷 企業の総人件費がどんどん減っていることからも、若者にお金が渡っていないことは明らかです。一部上場メーカーの決算合計をみると、1996年から2006年の10年間で14%ほど総人件費が減っている。その人件費にはおそらく退職金も入っていると思いますが、それを入れても下がっているんです。つまりその減少分の多くは若者の人件費で、そこで消費が落ちるのも当然でしょう。仮に退職した人たちの分をある程度、若者たちの賃金に上乗せするだけで、それなりに内需は維持できるはず。

 小黒 しかも、ある一定の年齢以上の人は年功序列の名残りで少しずつ賃金が増えますが、企業全体のパイが増えなければ、若年層の賃金を減らす圧力が強まっていきます。つまり正社員を絞って非正規を増やし、賃金の上昇を抑制する。もちろん若者全体の所得は増えていきません。

 にもかかわらず、いまの日本では昨今話題の大卒就職内定率の問題一つとっても、おかしな議論がまかり通っています。現在、大卒者の内定率が非常に低いのは、2008年のリーマン・ショック以後の世界的不況の影響、と説明づけられる。つまり若年層の雇用問題は一時的なものであり、景気が回復すれば改善される、というわけですね。しかしそれが人口動態の変化を完全に無視したものであることは、これまでの議論からも明らかでしょう。

 藻谷 簡単な話、リーマン・ショックが原因なら、09年より10年の内定率が低い理由の説明がつきません。さらには社員の採用は長期的投資ですから、とりあえず不況だから抑える、という話にはならないはずです。しかも決算をみてもわかるとおり、企業業績はかなり回復している。つまりは長期的に内需が縮小すると思っているから採用を行なわないわけで、なぜそう思うかといえば、自分も若者の人件費を払っていないから。まさに「合成の誤謬」の典型でしょう。

 小黒 その点を理解していないから、民主党政権が進める新卒支援策でも、「一時的に企業に雇ってもらうにはどうするか」という方策ばかりが取り沙汰される。結局、それは問題の先送りにすぎません。

 藻谷 ある人には「そんなに若者に人件費を渡したらインフレになるぞ」といわれたことがあります。しかし退職者によって総人件費が減るなかで、その半分を若者に渡したところではたしてインフレが起こるでしょうか。おそらくこれも根本的な事実認識の間違いで、一人当たり賃金と総人件費が連動すると思っているからそのような発想になってしまうわけでしょう。

 小黒 そこにも人口動態の話が入っていないわけですね。企業の人口構成が変わっていて、年功序列のカーブや年齢別の労働人口ボリュームの変化もありますから、一人当たり賃金の上昇が単純に総人件費のアップにつながるわけではない。

 藻谷 いずれにせよ若い人、とくに女性など消費性向が強い人の人件費を意図的に上げたほうが、企業としても最終的には有利という認識が、もっと広まるべきだと思います。また若い世代にきちんと所得が渡るようになれば、自分の生涯賃金をさらに高めるため、もっと自分の知識を高めようという人的投資にも向かうようになる。さらにはより、子供を産もうというモチベーションが生まれる。

 小黒 そうですね。少子化の原因も若者の所得が減ったことと大いに関連があると考えている研究者もいるようです。出産と育児の機会費用もありますから、やはり子育てにはたいへんなコストがかかる。そこで、「もう一人産もう」と思えるかどうか、ということです。

新しい社会保障制度に不可欠な「事前積み立て」

 小黒 また、若者にお金が回っていないことは、彼らが現在の社会保障制度(年金・医療・介護)を根本的に信頼していないことも大きい。いまの水準の年金が受け取れないことが直感的にわかっているから、ますます消費ではなく貯蓄という選択をしてしまう。なので最終的な論点は、いかに「世代間格差」を是正しながら安定的な財政・社会保障を構築するかという点に尽きます。

 いまの社会保障は賦課方式で、現役世代が高齢者を支えるシステムになっており、これは一種の「ネズミ講」です。新たな加入者が少なくなれば当然、破綻する。この社会保障が抱えている債務を「暗黙の債務」といいますが、これまでの研究によって、この債務がGDP比230%程度に達することが推計されている。いまの賦課方式の社会保障は、この債務を特定世代のみに過重に押し付けています。世代間公平の視点から、この債務の負担のあり方を考えて、償却の道筋をつける必要がある。そこで初めて国民の将来不安も解消できるはずです。

 藻谷 会社の再建と同じですね。まず債務がどれぐらいあるのかを把握して、これを基本業務のなかでどのくらい償却していくかを考える。そのために、どの程度リストラを行ない、どの程度を塩漬けにするか、株主にどの程度責任をとってもらうかなどを議論する。そうやってこそ際限ない恐怖から解放され、本業の収益を伸ばしていこうという話ができる。いまは、いってみれば債務確定をせず、やみくもに再建しようとしている状態でしょう。

 小黒 やるべきことは、いたって単純です。もちろんそれは「即増税」ではない。世代間格差が改善しない状況で増税すると、「高齢者高福祉、若者高負担」になるだけで、若い世代はますます「取られるだけで返ってこない」状況になる。そうではなくて、高齢化で社会保障費が増大することは確実ですから、世代間格差を是正するためには、あらかじめ保険料(消費税でもよい)を少し上げておくべきです。そうすれば、その引き上げ効果で社会保障給付総額よりも保険料などの収入総額のほうが多くなるから、その黒字分を高齢化の進展に備えて「事前積み立て」する。そして、さらに高齢化が進展した段階では、社会保障の赤字分を「事前積み立て」で相殺する。このような発想できちんと制度設計すれば、払った分と返ってくる分はだいたい同じになります。

 藻谷 それ以上、ない袖は振れないという話ですね。

 小黒 そうです。国の財政赤字の大半は社会保障費ですから、保険料引き上げや事前積み立ての導入によって社会保障の世代間格差が解消し、その分の財政赤字がなくなれば、それ以外の赤字は対GDP比9%くらいなんですよ。

 藻谷 つまり社会保障費のために増税するのでなく、社会保障のために社会保障費を取れ、と。

 小黒 そう、それでバランスシートの右側、負債のほうは解決です。あとは左側の成長の部分をどうするか、というところで、先ほどのGDPに議論がつながってくるわけですね。

「世代間公平基本法」を制定せよ

 小黒 さらにいえば、社会保障自体をどう効率化するか、という点でも考えるべきことがある。現在は「大きな政府」vs.「小さな政府」という対立軸でしか議論が行なわれませんが、じつは政府に入ってくるお金の額を減らさずに、市場メカニズムを活用するシステムはいくらでも設計できます。「管理競争」という概念がそうで、すでにオランダなどで導入されていますが、その名のとおり政府は管理・サポートの役割に特化する。具体的には各保険者が提供する最低限の保険サービスの設定や、各保険サービスの情報提供などです。そういう概念を知るだけで、政府がすべて管理するという発想から自由になれるはずですが。

 藻谷 公共が何でも面倒をみるとなれば、資産のある高齢者への支給まで増えます。逆に国民がきちんと民間の保険に加入する仕組みをつくったうえで、落ちこぼれる人は最低限の財政負担で救うわけですね。

 小黒 年金にしても本来は寿命のリスクをヘッジする保険ですが、現在では生活支援的な要素が強くなっています。

 藻谷 かつ、たくさん払った人ほど、政府補填の額も増えるシステムになっている。これでは所得の再分配になっていないし、いざというときに備え、みんなでプールし合うという本来の保険の意味にも適いません。現状は超高利の貯金のようなものでしょう。

 小黒 それも上の世代に限った話で、下の世代にとってはマイナスにしかなりません。

 藻谷 そもそも世代間公平を図るのは、社会原理として当然です。子供や孫のことを考えるのは当たり前で、自分が死んだときに世の中が終わっていい、など本来は誰も思っていないはず。そこをもう一度、みんなに思い起こさせる。そして「若い世代を大事にしたい私に、お年寄りの方も投票してください」という政治家が出てこなければならない。間違ってはいけませんが、これは年寄りを野垂れ死にさせようという話ではありません。そんな政策は絶対にとれないはずです。万一そんなことをすれば、数十年後に高齢者となる若者が自らの首を絞めるだけですから。

 小黒 そのためにも繰り返しますが、人口動態と民主主義、財政の関係がいま一度、きちんと認識されるべきでしょう。いまの財政状況が続けば、『2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)に書いたとおり、2020年ごろに公的債務残高が家計の金融資産を超える可能性が高い。そうなったとき困るのは、そのとき生きているすべての世代です。10年以内に亡くなる人もいるでしょうが、多くの高齢者はまだ生きていて、財政が混乱すれば、欧州の財政危機のように年金が減額される可能性も高い。そういう情報をうまく発信していくべきでしょうね。あとは政治がリーダーシップをとって、世代間の均衡を保つ「世代間公平基本法」のような法律をつくればいい。

 藻谷 もはや議論している時間はありません。「いまがそのとき」。あとは現実を受け入れ、目の前にあるメニューをこなすだけです。そうあってこそ再び内需は活性化し、新しい日本のかたちがみえてくるのではないでしょうか。"

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