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社会

「デジタルは若者のもの」は日本だけ? ”学ばない中高年がエラい”会社の危うさ

鈴木謙介(関西学院大学先端社会研究所所長)

2019年05月15日 公開 2019年05月16日 更新

 

雇用に影響を与えたのは貧困層を増やした政策

僕は1976年生まれですが、いま40歳前後の世代は「ロスジェネ」と呼ばれる、非正規雇用者がものすごく増えた世代です。

非正規雇用化は、いわゆる「失われた20年」における企業のコストカット主義と連動する形で、当時の若者たちの安定性と将来を犠牲にすることにつながりました。

ロスジェネは、結婚も出産も以前の世代に比べて不活発です。この世代が就職や再生産(次世代を作っていくこと)に対してネガティブだったことのダメージは、日本社会の大きな負債として今後何十年も強い影響を与えることになるでしょう。

こうした面からも、近年の雇用に大きな影響を与えたのは技術ではなく、政策や法規制の緩和だったことが分かります。

財界の要請に応える形で非正規雇用の枠が拡大されたことで、人材の流動化が進んで不安定になり、非婚化や貧困化をうながしたことが、経済学者や社会学者によって指摘されています。

でも、そうした政策の変化などの要素があまり考慮されずに、多くはAIをはじめとした技術の話に収斂してしまう。社会学者の立場からすると、そんな日本社会の風潮自体が、人びとの世の中に対するイメージの表れのような気がしています。

どんなイメージか? それは、技術の変化に対して、人や社会が何らかのリアクションをして、そのせめぎあいの中で落とし所が決まるという意識が希薄な社会観。大きな社会の流れには逆らえない、そんな社会だからこそまず自分のことを考えるべきというイメージ。

そんなイメージが強過ぎるため、AI(=技術)と自分の関係さえ考えていれば、ほかの様々なものごとについても指針が立てられる気がしてしまうのかもしれません。

そして、「新しい技術の登場はビジネスチャンス」と煽る人もいるから、ますます惑わされる。ふつうに考えれば、「AIで失業するかもしれない」となれば、「では日本社会はどうすべきか」「労働者はどう対応すべきか」という話になってもおかしくありません。

でも、実際は「あなたが生き残るためには、これをすべき」などと、個人がサヴァイヴしていくための自己啓発の話になりがちです。

人間は生活していくなかで、急に食べていけなくなるわけではありません。それなのに、なぜかある日突然食べていけなくなり、それに対して自分はなにもできないと思ってしまう。そんな想像が生まれるのも、自分のことだけを考えて世の中を見ている表れのような気がするのです。

もちろん、個人でサヴァイヴする生き方を否定しているわけではありません。ただ、そこには、社会全体を見たときに起きていることやそのメカニズムへの視点、また、そこで幸せに生きていくための指針が決定的に欠けています。

そうした「自分ひとりが世の中の変化に合わせて、適切なスキルで乗りかえていけば生き残れる」とする考えにとらわれ過ぎると、大切なものを見失ってしまうと思うのです。

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