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翻訳家・岸本佐知子も知らなかった「'the'と'a'が無い英文」 に秘められた意味

2019年12月28日 公開

岸本佐知子(翻訳家)

岸本佐和子

英米文学を邦訳する岸本佐知子さん。

さまざまな作家の作品を強い愛で選りすぐったアンソロジーや、現実から軽やかに浮遊して笑いを巻き起こすエッセイにもファンの多い翻訳家です。翻訳という仕事や最近の話題作についてお聞きしました。

※本稿は、2019年9月22日にモンターグブックセラーズ(京都)で開催されたトークイベントを元に再構成・編集し、『PHPスペシャル』2020年1月号に掲載したものから抜粋しています(文: 編集部  協力:河出書房新社)
 

翻訳で「訳されているもの」は何?

会社勤めをしていた頃に週1回翻訳学校に通って、中田耕治先生に翻訳の何たるかをたたき込まれました。

先生は授業の最中に、ご神託みたいなことをおっしゃるときがあるんですよ。神の声みたいな。そのノートはいまだに読み返します。たとえば「辞書はどんどん引きなさい。ただし、そこに載っていない言葉を使うために引きなさい」。

辞書の訳語は最大公約数でしかない。「dog」と引けば「犬」って載っているけど、小説の文脈の中での犬は一つじゃないんですよね。何色なのか、どんな大きさなのか、作者の頭の中には全部あるから、書かれていなくても心の目で読めと。

小説って、字ですよね。でも、単に字を字だと思って訳したのではダメで、なぜかというと、人が小説を読んでいるとき、頭の中では字からイメージが喚起されています。そのイメージの連続体を「小説」として感じている。

だから英語で書かれていることをちゃんとイメージしてから日本語にしないと、ただ字から字に置き換えただけになってしまいます。

ニコルソン・ベイカーの『ノリーのおわらない物語』は、5分の4くらい訳したところで、これは違うと思ったんです。三人称で書かれているんですけれども、視点は主人公の9歳の女の子。その感じが全然出ていなかったんですよね。

それで、友達の子供の作文や自分が小学生のときの文集など、9歳くらいの子供の文章を集めました。そうしたら、小学生って、その学年までに習った漢字だけを使って書くんだとわかった。

で、「ノリーのしょう来の夢は」と訳したら、つかめたんです。あっこれだ、ノリーがいた! って。

作家にはそれぞれ文体があって、それを意識することが翻訳の仕事のほぼすべてではないかと思います。この作者が日本語話者だったらこんな感じじゃないかなということを常に常に考えて。

あとは、原書を読んでる最中になんとなく声が響くようなことがあって、そういう作者や作品とは相性がいいんだと思うし、そういうものを翻訳するように心がけています。

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