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40年以上も布教に身を捧げた神父…死の直前だから告白した「衝撃の過去」

2020年01月29日 公開

柳瀬篤子

 

マイケルが最後に伝えたかった「父親への愛情」

「おれは10年間、ヘロイン常習者で、毎日4,5回は打っていた。
夢をみているような、気が触れているような生活だった。

三度、結婚した。請求書の支払いもできず、友人たちには見放され、
自殺するしかないと思った。銃は持っていた。遺書も書いた。
家族が帰ってきたら、死んでいるおれとその手紙を発見したことだろう」

薬物に溺れた過去を赤裸々に語り始めるマイケル。だがそれは、懺悔というよりはむしろ、その後の人生へ導いてくれた、家族への感謝を語る伏線ともいえるものだった。

マイケルは、薬物依存から救い出してくれた、父親への感謝の気持ちを熱く語る。

「おれは7人兄弟のひとりで、覚えている限り、いつでも親父にくっついていた。

親父が畑でトラクターを運転するときも、造園の仕事をするときも、種苗場で働くときも、親父のそばにいた。親父はおれを可愛がってくれ、おれはいつも親父にべったりだった。

大きくなってからだが、トラブルに巻き込まれたとき、親父がやってきて、助け出してくれた。文字通り、ずかずかとやってきて、おれを引っ張り出してくれた。さんざん言われた。

『お前はよい子なのに、どうしてこんな馬鹿なことをするんだ。目を覚ませ。酒やドラッグに溺れていないで、ちゃんと仕事しろ。まともな人間はごろごろ寝ていたり、酒やドラッグに浸っていたりしないで、まじめに仕事をするもんだ』。

親父は毎朝6時におれの家にやってきて、おれを叩き起こし、言った。
『さあ、仕事に行くぞ。家族を養わなくちゃ』。

親父はけっしておれを見放さなかった。「おまえは役立たずだ」とか「どうせろくなもんにはならない」とは、いっさい言わなかった。

親父が励ましてくれなかったら、おれはとっくに死んでいただろうよ。
親父はおれの救い主だ。いつも口調は厳しかったが、そこには愛情がこもっていた。

厳しい言葉を聞きながら、おれは厳しさではなく、愛情を感じとった」

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死を目前にして、人はようやく解放される >

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