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生き方

ボトルに「ありがとう」と書いて水を飲む…"がん"の恐怖と戦う人の一変した日常

刀根健(とね・たけし)

2020年03月06日 公開 2020年07月04日 更新

 

それでも襲ってくる恐怖に抵抗し続ける日々

ふとしたときに気分が落ち込むので、CDレンタル店からサンバを借りてきてiPodに入れて聴くようにした。サンバのリズムで気分を上げろ。とにかく落ち込んでなんていられない。

「ありがとう」と10万回言ったらがんが消えたという本を読んだ。よし「ありがとう」を言いまくるぞ。心の中で「ありがとう」を呪文のように繰り返す。

『ホ・オポノポノ』というハワイのヒーリングの本を読んだ。そこに書いてあったセルフクリアリングの言葉「ありがとう・ごめんなさい・許してください・愛してます」を心の中でつぶやく。

アロマディフュザーを購入して、部屋の中をアロマの心地よい香りで満たす。

毎日がんのことばかり考え、そしてその対策で1日があっという間に過ぎていく。がんに追い詰められ、必死にあがき続ける毎日が始まった。気持ちのゆとりは全くなく、常に何かに追いかけられている。

追いかけてくるのは、そう、死だ。真っ黒な死神が振り返ると背後で不気味に笑っている。「無駄なあがきはやめろ。お前は"どうせ”もうすぐ死ぬんだ」

「うるさい、僕は絶対に生き残ってやる」
「ははは。無理だな。お前は肺がんのステージ4なんだぞ。生き残れるはずがない。(医師の)掛川も言ってただろ。そうだな、もってあと数カ月だな。自分でもわかっているんだろう?」

「黙れ! 僕は今まで自分の力でなんでもやってきた。今回だって切り抜けてやる。絶対に切り抜けてみせる」
「本気で言ってるのか? がんに逆らうことなんてできないぜ」

「やかましい!」
「無理だよ、無理、お前には無理だよ。お前はガリガリに痩せ細ってミイラみたいになって死んでいくんだ」

一瞬、ガリガリで真っ青になった自分の顔が脳裏をよぎる。振り払うように頭を振った。

「いや、そうはならない。僕はがんを消してみせる!」
「ほーっ、じゃあやってみろ。どうせお前は死ぬんだ。最後まであがいてみろ」
「見てろよ! 絶対にがんを消してお前をぎゃふんと言わせてやるからな」
「楽しみにしてるよ。せいぜいあがけ、はははは」
 死神はいつも自信たっぷりに僕の前に現れ、そして消えていった。

くっそうー! とにかく、やれることは全てやるんだ。できることは全部やるんだ。手を抜いたり、後回しになんてできない。絶対にがんを消すんだ。生き残ってやるんだ。

ポジティブだ。意識をポジティブに集中するんだ。いったんネガティブに意識を持っていったら、あっという間に死神に引きずり込まれてしまう。

24時間、常にポジティブを保ち続けるんだ。だが悲しいかな、僕は死神の言う通り3カ月後にも生きていることが想像できなかった。

1カ月後ならなんとなく想像はできた。2カ月先は霞かすみがかかったようにぼやけてくる。3カ月後になると、自分が生きてこの世に存在していることすら想像できなかった。

まだ9月。果たして生きて新年を迎えられるのだろうか? ヤツの言う通りになってしまうんじゃないだろうか? 来年の正月なんて全く想像できなかった。

ふとしたときに襲ってくるこの感覚は、恐怖以外の何物でもなかった。しかし僕は即座にそれを打ち消すように拳を握った。

「大丈夫、僕は絶対に生き残る」

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