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ゲームでは嫌われ者? 戦国公卿・山科言継と、珍味「鯨のアレ」との意外な関係

黒澤はゆま(歴史小説家)

2020年04月21日 公開 2020年04月30日 更新

 

戦国の覇王・信長から優しい言葉を引き出した人格者の言継

医術や芸能の才能、また公卿としての身分の高さを除いても、言継はどこか魅力のある人だったようだ。

鯨のたけりからずっと後、永禄12年(1570年)のことになるが、後奈良天皇の十三回忌の法会の資金獲得のために、言継は三河の徳川家康へ献金を求めるよう下向する旨、命令を受けた。この時、言継、実に63歳である。

その途中、織田信長の居る岐阜城を立ち寄ったが、父信秀以来の交際を続けていた信長は驚いたようである。英雄の肉声が一次史料で聞ける貴重な機会なので「言継卿記」からそのまま引用しよう。

「対面す。予下向の由聞く。仰天の由申さる。然れば老足と云い極暑と云い、又三川徳川は駿州の堺にこれ有る間、別の用これ無くんば罷り下る事無用の由申さる。信長飛脚を以て申し調うべく候間、ここに逗留すべきの由なり。内同じ夕庵を以て申さるゝは、三川の時調わずんば、信長一、二万疋は進上すべきの由申さると云々」

十分、雰囲気は伝わると思うが、あえて信長の肉声を現代語訳すると、

「え~、もうお爺ちゃんじゃん、むっちゃ暑いじゃん。それに、家康が今居るのは、三河じゃなくて、駿府の国境だよ。ほかに用事がなかったら、わざわざ行くことないって。飛脚を立てて伝えておくからさ。ここでゆっくりしといて。もし家康が駄目だったとしても、僕の方から一、二万疋くらい献上しとくよ」

ここには一向一揆に対し虐殺を繰り返し、第六天魔王と罵られた、恐るべき戦国の覇王の姿はない。老骨を鞭打って、朝廷のためにひた走る旧知の友人に対する、何の留保もないいたわりがあるばかりである。案外、信長という人物の地金は、この時言継に見せたやさしさの方にあるのではないかと思うのだがいかがだろうか。

いずれにせよ、戦国時代、道は洪水などの災害ですぐ不通になるし、土地の権力者が勝手に関所を構えるし、戦場の近くでは通行止めになることもよくあるしで、単に目的地へ辿りつくというだけでも、大変な才覚を必要とした。言継はそんな過酷な旅の間に、自分が身に着けた技能を生かして、人助けまでしていたのである。

 

乱世では武士も公家も平和を目指して戦った

戦国時代の公家といえば、白塗りにお歯黒、不気味な顔で、偉そうな態度の割に、実際的能力は一切なく「おじゃるおじゃる」言いながら右往左往する馬鹿キャラというイメージがあった。

ネットのAAで有名な「水戸黄門」の一条三位(菅貫太郎演)や、ポプテピピックでパロディのネタ元にもなった「柳生一族の陰謀」の烏丸文麿(成田三樹夫演)も悪役である。

だが、少なくとも山科言継に限って言えば、そういったステレオタイプにはまったく当てはまらない。

有職故実、笙、和歌、蹴鞠、双六、医術など様々な技能、身分の高下に拘らず診療し施薬してやる優しさ、そして名だたる戦国大名を魅了する人間的魅力。

神田裕理氏はその著作『朝廷の戦国時代』のなかで、戦国時代の公家の役割について次のように述べている。

「「武士の世」とされる戦国時代、天皇および朝廷はたんある「伝統文化の担い手」として生きながらえていたわけではない。また彼らは、花鳥風月を友とする文弱な徒、という存在でもなかった。この時期、朝廷には「文化の担い手」のみならず、さまざまな政治的役割が課され、彼らもまたそれらを果たしていた。」

そう言えば、一条三位は水戸黄門の印籠が通じず、「だまりゃ! 麿は恐れ多くも帝より三位の位を賜わり中納言を務めた身じゃ! すなわち帝の臣であって徳川の家来ではおじゃらん!」と啖呵を切ったし、烏丸文麿も公家であり剣豪でもあるという「隠れていても獣は匂いで分かりまするぞ」な豪傑だった。

言継をはじめとする公家たちも、新たな平和と秩序を目指して戦った戦士という点では、決して武士に劣るところはなかったのである。

皆さまも鯨のたけりを食しながら、在りし日の公家たちの労苦を忍んではいかがだろうか。あっ、あまり再現に拘ることはないと思うので、実食の最後に紹介した、ポン酢の漬け込みがお勧めである。ビールや日本酒とご一緒にどうぞ。

参考文献:
『日本の食と酒』(吉田元著、講談社)
『朝廷の戦国時代 武家と公家の駆け引き』(神田裕理著、吉川弘文館)
『戦国時代の貴族 『言継卿記』が描く京都』(今谷明著、講談社)
『戦国のコミュニケーション: 情報と通信」(山田邦明著、吉川弘文館)
『中世を道から読む』(齋藤慎一著、講談社)
『戦国、まずい飯!』(黒澤はゆま著、集英社インターナショナル新書)

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